流動性の罠にはゼロ金利は関係無い・再訪

1年半ほど前に、流動性の罠にはゼロ金利は関係無い、というStephen Williamsonの主張を以下のように紹介したことがあった:

彼はまず、名目金利は交換媒体としての貨幣の稀少性を表わすもの、と定義している。そして、その名目金利がゼロに達すると、交換媒体としての貨幣の稀少性は消滅し、貨幣は他の金融資産と何ら変わらなくなる、と述べている。・・・
しかしWilliamsonは、この時に生じる流動性の罠を「祖母の時代の流動性の罠(Grandma's liquidity trap)」と呼び、現代の流動性の罠(contemporary liquidity trap)はもはやこれとは違ってきている、と論じている。というのは、今は貨幣ではなく準備預金が日々の金融取引において重要な流動性資産となっているからである。特に現在は準備預金には金利が支払われているため、ゼロ金利流動性の罠と切り離された、とWilliamsonは主張する。即ち、金利がゼロよりも高くて貨幣の稀少性が保たれてる状況でも、準備預金の稀少性が存在しないがために現代の流動性の罠が発生することがあり得る、と彼は言う。

これと概ね同様の主張を最近スティーブ・ワルドマンが展開し、クルーグマンとの間でちょっとした論争になった(ワルドマンの1/13エントリクルーグマンの1/14エントリでの反応ワルドマンの1/15エントリでの反論クルーグマンの1/15エントリでの再反論ワルドマンの1/16エントリでの再々反論)。その論争にStephen Williamsonも嘴を挟んだが、当然ながらワルドマンの肩を持っている(ここここ)。


クルーグマンのワルドマンへの異論は、以下の2点にまとめられる。

  • ワルドマンはマネタリーベースを準備預金と同一視し、準備預金への付利によってマネタリーベースと短期債の区別が消滅した、と言っているが、マネタリーベースには現金も含まれる。準備預金に利子が付くようになったとしても、現金には利子は付かない。
  • 例えば政府がプラチナコインをFRBに預けた後に景気が回復した場合、FRBが準備預金への付利を引き上げてインフレを抑えようとするのは、それがFRBから政府への納付金の減少につながることを考えれば、政府がプラチナコインを借り入れによって買い戻すのと同等*1。ワルドマンは、そうした準備預金への付利の引き上げは、単純なマネタリーベース拡大と同等と考えているようだが、前者はインフレにつながらないが財政に影響を与え、後者は財政に影響を与えないがインフレにつながる、という違いがある。

前者の指摘に対しワルドマンは、現金と準備預金は交換可能なのだから、両者の区別はあまり意味が無い、と応じている。また後者の指摘に対しては、そのようなことを言った覚えは無い、と反論している。


ちなみにクルーグマンの後者の指摘のうち、準備預金への付利の財源が財務省と結び付いている点については、クルーグマンの最初の反応とほぼ同時にワルドマンに反応したTim Duyも指摘している*2。Duyはその話を持説の財金一体論と絡めているが、同時に、ゼロ金利を脱した後も財金一体が恒久的に続くというワルドマンの主張には難色を示しており、その場合は中銀の独立性をどこかで考えなくてはならないだろう、と述べている。

*1:ここでクルーグマンがプラチナコインを持ち出したのは、それが現在彼が興味を持っている話題であることのほかに、そもそもワルドマンの最初のエントリがプラチナコインを巡るTim DuyやGreg Ipの議論をきっかけに書かれたことによるものと思われる。

*2:実際Duyは、ワルドマンとクルーグマンのやり取りをまとめた後続エントリクルーグマンの文章と自分のエントリの文章を並列し、その点を強調している。