Econbrowserのジェームズ・ハミルトンの5/2エントリが市場マネタリストからフルボッコにされている。
そのエントリの内容を大雑把にまとめると以下の通り。
- FRBによる長期債購入は、財務省が長期債の発行額を減らして短期債の発行額を増やすのと等価*1。
- 4週間で満期を迎える短期債もしくは(すぐに引き出せるため)それよりも安定性の低い準備預金によって政府債務を調達することは良いことではない、という点は皆が合意するはず。
- そう考えると、FRBによる長期債購入は、それ自身が経済成長促進の手段というわけではなく、コミュニケーションツールないし明確なフォローアップのアクションとして捉えるべき*2。
- 従って、最近のバーナンキの金融政策に関する見解は正しい。FRBは、日本のようなデフレないし非常に低いインフレを避ける、という意思伝達を、効果的かつ信頼できる形で実施することができた。インフレを2%以上に保つという防御ラインを敷くことにより、FRBは、限られた利用可能な機械的ツールを、適切な目標を達成するために信頼できる形で使用することができる。
- あるいは、5%以上の名目GDP成長や7%以下の失業率といった、もっと野心的な目標を達成する意思伝達の手法もあるかもしれない。それを注意深く限定された形で使用すれば、本来的に不安定な短期債務をうまく管理しつつ、FRBがもっと何かできるのかもしれない。しかし、バーナンキ批判派の学者とは異なり、ハミルトン自身はそのことに懐疑的であり、金融政策に多くを求め過ぎるのは間違いだと確信している。
これに対し、Nick Rowe、Andy Harless、Bill Woosleyがコメント欄で批判したほか、サムナーもエントリを立てて批判している(RoweもWCIブログでフォローアップエントリを書いている)。
批判の一つは、ハミルトンの言っていることが以前と違うではないか、という点に向けられている。例えばHarlessは、ハミルトンが“バーナンキの背理法”的なことを書いた以前のエントリ*3を引用し、当時と考えが変わったのか、と詰問している。
一方、サムナーは以下のように書き、失望感を露わにしている:
Based on his late 2008 writings that helped inspire me to get into blogging, I’d expect Hamilton to be outraged by Bernanke’s recent statements. The US clearly has a nominal spending shortfall. Bernanke says the Fed can fix it, but that it doesn’t need fixing because they are close to their 2% inflation target. What about the dual mandate? I’m confused and somewhat dismayed by Hamilton’s support for Bernanke, and can’t find anything in this new post that would justify it.
(拙訳)
私がブログを始めるきっかけにもなったハミルトンが2008年後半に書いたことからして、彼はバーナンキの最近の声明に憤慨するものとばかり思っていた。米国には名目支出の不足が明確に存在する。バーナンキは、FRBはそれを埋められるが、2%のインフレ目標に近い現在は埋める必要が無い、と言う。FRBの二つの任務はどうなったのだ? 私はハミルトンのバーナンキ支持に戸惑い、幾分か失望もしている。私は、彼の直近のブログポストにそれを正当化する根拠は見つけられなかった。
そのサムナーエントリのコメント欄ではデビッド・ベックワースが姿を見せ、ハミルトンを以下のように痛烈に揶揄している:
We now have proof that there are alien body snatchers who replace the real person with a slightly flawed duplicate.
(拙訳)
少し劣化したコピーで元の人間を置き換える異星人のボディ・スナッチャーの存在が今や明白となった。
これに対しサムナーは、自分が数年前にボディ・スナッチャーの比喩を使ったことを指摘し*4、今の状況はそれよりかなり悪化した、と応えている。
また、市場マネタリスト以外では、ジョー・ギャニオンもハミルトンのコメント欄に登場し、短期債で政府債務を調達するのは危険という世間知は間違いだ、と批判している。
そのほか、デロングも自ブログエントリでハミルトンのエントリを取り上げ、上記の小生のまとめのうち、「FRBによる長期債購入は、財務省が長期債の発行額を減らして短期債の発行額を増やすのと等価」の箇所は間違いだ、と指摘している。というのは、我々は永遠にゼロ金利にいるわけではないというまさにそのために、ゼロ金利においても現金は特別(=短期債と完全に等価ではない)から、とのことである。その際、デロングは、オリジナルのバーナンキの背理法をバーナンキ論文から引用し、「I think Bernanke (1999) had it dead right.」と書いている*5。
*2:ここでハミルトンの言うツールないしアクションとは、小生の以前のエントリの比喩における米軍ないしその配備・展開に相当すると言えるだろう(実際ハミルトンは「the Fed's big stick」という表現も使っている)。
*3:小生も以前ここで簡単に紹介したことがある。
[5/6追記]そのエントリやその少し前のエントリに書いたように、ハミルトンは当時からデフレ脱却には積極的であると同時にインフレには警戒的であり、かつ、金融政策に多くを求めるのは間違い、と主張している。従って、この点に関する今回の市場マネタリストの批判は少し筋違いかもしれない。
*4:ここで以下のように書いている:
Now I’m starting to feel like Kevin McCarthy in the film Invasion of the Body Snatchers. Have I “misremembered” my history of progress in 20th century macro? Has some quantum fluctuation plunged me into a parallel universe where post Keynesian theory accurately describes the laws of macroeconomics?
I try to remain dispassionate and look at things logically. What are the odds that some pod-people from space have not only rewired Paul Krugman’s brain, but that of most other macroeconomists? Isn’t it more likely that I am going crazy? Like a character in a Borges story, I am now afraid to open Mishkin’s textbook, for fear that the passage I remember may not be there. If you see a tall thin guy at the Harvard or MIT economics parking lots, jumping on the windshields of cars, please call the appropriate authorities.
*5:ちなみにタイラー・コーエンは、ハミルトンのエントリを「superb piece」と評し、抜粋は難しいから全部嫁としてリンクすると同時に、デロングのエントリも併せてリンクしている。