昨日紹介した節約のパラドックスを巡る論争について、The Everyday Economistを名乗るジョシュ・ヘンドリクソン(Josh Hendrickson)*1がブログで興味深い指摘を行っている(ベックワースのブログ経由)。
それによると、流動性の罠において貨幣と債券が無差別になるという考え方は、(デロングのエントリでも触れられていた)ロイド・メッツラー(Lloyd Metzler)に由来するという。しかし、メッツラーの分析では金利は一種類しか想定されておらず、後のマネタリストたちはその考え方を否定した。その中の代表的なものが、ブルンナーとメルツァー(Karl Brunner and Allan H. Meltzer)の1968年の論文「Liquidity Traps for Money, Bank Credit, and Interest Rates」である。
この1968年の論文については、メルツァー自身による紹介が、2000年の基調講演原稿の日本銀行金融研究所による邦訳という形で日本語で読めるので、以下に該当箇所を抜粋してみる。
流動性の罠については、適用できたとしても、せいぜい最近2年間についてだけである。短期金利は1995年まで2%以上の水準にあり、1998年まではゼロに接近することも、公定歩合を下回ることもなかった。1つしか金利がないモデルで、流動性の罠の存在を証明することは容易である。しかし、複数の資産が存在する世界では、全ての資産価格がゼロの短期金利と整合的な均衡水準に達しない限り、流動性の罠は生じ得ない(Brunner and Meltzer[1968])。
1990年代の不況を説明する多く議論は、その原因を「バブル崩壊」に求めている。その中には資産価格、特に、株価、地価、住宅価格が大きな役割を果たしているとするものもある。私はかねてよりこれらの価格が金融政策の波及プロセスにおいて重要な役割を果たしていると考えていたので、こうした資産価格に注目が集まることを歓迎している(Brunner and Meltzer[1968]、Meltzer[1995])。しかし、住宅価格や地価は下落を続けているが、これは流動性の罠よりもデフレ的な金融政策とより整合的な現象である。資産価格は、生産性、政策、その他のショックに対し、内生的に反応するものである。
経済学者の中には、日本は流動性の罠に陥っていると主張している者がいる。すなわち、短期金利がゼロに近いため、金融政策は物価水準や経済活動に対して無力であるとしている。この主張は、中央銀行による長期債務、株式、外国通貨、あるいは他の資産の購入が、名目GDPや投資、あるいは他の変数に対して、全く影響力をもたないということを意味している。
貨幣、債券、および資本の3種類の資産しか存在しない静学的な閉鎖経済モデルでは、1つの相対価格、典型的には債券の利子率を解として求めることとなる。この価格を引き下げることができない、例えばゼロ以下にはできないのであれば、貨幣の増加は、金利の変化を通じて経済に影響を与えることはできない。実質貨幣残高の支出に対する効果は小さく、したがって実質貨幣残高効果あるいは資産効果はマイナーな意味しかもたない。
私はかねてより、流動性の罠の議論は、全ての資産価格がゼロ金利に完全に調整されているとの仮定に依存していると主張してきた(注:この点については、Brunner and Meltzer[1968]およびMeltzer[1999]に明快に示されている)。すなわち、中央銀行が何らかの資産を購入し、マネーを増加させたとしても、誰も、現在および将来の消費、ないしは現在および将来の生産の組合わせを変更しようとはしない場合である。ここでは、中央銀行は資産を多く買い入れ、マネーを供給しても、いかなる資産の価格も上昇させることはできない。
こうした歴史的背景を考えると、ベックワースやRoweはメッツラーについて勉強不足というよりも、むしろそれを否定した枠組みで議論していると考えるべき、とヘンドリクソンは指摘する。
このエントリにはRoweとベックワースが早速コメントを寄せ、謝意を表している。
一方、Roweのデロングに対する異議申し立ては結局のところ意味論の問題に過ぎないのではないか、とRoweのエントリでコメントしていたAndy Harlessが、ここでも懐疑的な姿勢を見せ、以下の2点をコメントしている。
それに対しヘンドリクソンは、以下のように応じている*2。
- 対象の金利の範囲にもよるが、すべてゼロになるというシナリオは現実的ではない。対象となる金利は、短期債のほかに長期債、さらには債券以外も含むと考えるべき。従って流動性の罠が生じるのは、すべての金融資産と貨幣が完全に代替可能になった時である。
- FRBは既に非伝統的な金融資産の購入を実施している。株式の購入も可能では?*3
なお、メルツァーと言えば、最近はクルーグマン=デロング連合軍の標的の一人にされている(例:ここ*4、ここ、ここ、ここ)。従って、上記の議論を耳にしたとしても、彼らが素直に受け入れるかどうかは微妙かもしれない。