物価と労働コストを論じる際は分配率も忘れずに

少し前に、米国の大統領経済報告の以下の図が話題になった*1


これは物価の労働コストに対するマークアップ率を表わしたものであるが、メンジー・チンは、この図は、近年において労働生産性が上がったにも関わらず、その成果が労働者に回らずに企業収益につながったことを示唆している、と指摘した(Economist's View経由)。チンはまた、このことは、賃金と物価のインフレスパイラルを招くこと無しに賃金を上昇させる余地があることを示している、とも述べている。


そのように成果が労働者に回らなくなった理由についてカール・スミスは、工場が生産性を押し上げていた工業化時代と違い、今やイノベーターの頭脳が(コンピュータコードなどを通じて)生産性を押し上げる時代になったので、非熟練技術者へのトリクルダウンが起きにくくなったのだ、と考察し、タイラー・コーエンも概ねそれと同様のことを述べている*2


また、アーノルド・クリングは、この図は粘着的賃金理論に反するのではないか、本来ならばこの動きによって雇用は最大化されているはずではないか、としてブライアン・カプランとスコット・サムナーに挑戦状を投げた。それに対しカプランは、雇用の回復にはさらなる賃金の低下が必要なのだ、と述べ、サムナーは、物価ではなく名目GDPと賃金との関係が問題なのだ、と反論した。だが、クリングはこの両者の回答に満足せず、いずれも反証不可能な仮説であり、かつ自分の指摘した現象を説明するものではない、として退けている。


そのクリングの2番目のエントリのコメント欄にAndy Harlessが姿を見せ、このマークアップ率は式で表わせば(wL+rK)/wLであり、要は労働分配率の逆数だね、と指摘した。


ちなみに、この大統領経済報告の図を巡る一連の議論とは独立に(=マシュー・イグレシアスへの反論の中で)、スティーブ・ワルドマン労働分配率の低下(下図)を指摘している。


このエントリでワルドマンは、労働コストと物価は一対一対応ではなく、分配率における資本との綱引きという要因も絡んでくるのだ、と指摘した。その上で、そう考えると、どうしても労働コストの動向に目を奪われがちとなるインフレ目標よりは、名目GDP目標の方が政策目標として優れているのかもしれない、という考察を示している。


さらに次のエントリでワルドマンは、欧州危機では南欧諸国の労働コストの上昇が問題になったが、それらの国では労働分配率がむしろ下がっており、従ってそれらの国で賃下げを行っても問題の解決にならないのではないか、という指摘を行ったアジア開銀の研究者(Jesus FelipeとUtsav Kumar)の論文を、我が意を得たり、という感じで紹介している。

*1:[2014/7/6]図のEconbrowserのリンク先修正。

*2:一方、後述のHarlessとワルドマンは、米国で労働コストが抑えられている要因として、中国の世界労働市場への統合を挙げている。