ここの冒頭部でerickqchanさんが記述されているように、スコット・サムナーやデビッド・ベックワースがかねてから提唱してきた名目GDP目標が、ゴールドマン・サックスのレポートをきっかけに一気に話題として広まった。
それに対しStephen Williamsonが、それって結局テイラー・ルールと同じじゃないの?、という疑問を投げ掛けている。
まず彼は、テイラールールを以下の式の形で示している。
R(t) = p(t)- p(t-1) + a[y(t) - y*] + b[p(t) - p(t-1) - i*] + r*
ここでRはFF金利、pは価格水準の対数、yは実質GDPの対数、y*は実質GDPの目標水準の対数、i*は目標インフレ率、r*は実質金利の長期水準であり、a > 0 かつ b > 0である。次いで彼は、名目GDP目標を以下のように定式化している。
R(t) = p(t) - p(t-1) + c[y(t) + p(t) - y* - p*] + r*,
ここでy*p*は名目GDPの目標水準の対数であり、c > 0である。これは
R(t) = p(t) - p(t-1) + c[y(t) - y*] + c[p(t) - p(t-1) - p* + p(t-1)] + r*
のように変形できる。
この式と最初のテイラールールの違いを、彼は以下の3点にまとめている。
- 名目GDP目標では、FFレートのGDPギャップへの反応とインフレの目標からの乖離への反応の係数が同じ、という制約が課される。
- y*の解釈が、ニューケインジアンの文脈ではRBCモデルの下で効率性を達成する生産水準であり、名目GDP目標の文脈では趨勢的水準という差はあるかもしれない。ただ、実務上は両者は同じと見做されることが多い。
- 名目GDP目標ではインフレ目標が定数ではなく、昨期の価格水準の目標水準からの乖離となる。
これらは大した違いではなく、結局、名目GDP目標はテイラールールに包摂されるのではないか、というのがWilliamsonの見解である。
名目GDP目標がテイラールールの特殊ケース、というのは、Andy Harless*1がかねてから*2主張している点である(cf. ここで紹介したコメントや最近のここでのコメント)。ただしHarlessは、名目GDP目標はテイラールールの欠点を修正したもの、と考えている点がWilliamsonと決定的に違う。
このWilliamsonの議論に対し、コメント欄でベックワースが、そして自ブログでBill Woolseyがそれぞれ反論している。両者(やベックワース以外のWilliamsonエントリでのコメンター)の反論の主旨――それは上記のHarlessの主旨とも共通すると思われるが――を乱暴にまとめると、以下の3点に集約されると思われる。
- 名目GDP目標は期待を重視する。
- インフレという変化率ではなく水準を目標にするため、達成失敗を後から修正することができる。
- 価格と実質産出の区別という困難な問題を迂回できる。
これに対しWilliamsonは、二点目はGDPを巻き込まなくても導入できる話だろう、と指摘している。また三点目に関連して、かつてフリードマンが貨幣需要の安定性を過大視したように、実質GDPの成長トレンドの安定性を過大視することの危険性を指摘している。さらに一点目の期待の話に関しては、フォワードルッキングと皆は言うが、結局は現時点で判明しているデータに基づいて行動するしかないだろう、と指摘すると同時に、目標達成の実行手段とその成功可能性について改めて疑念を表明している。