プライマリーバランスの改善はGDPを押し上げるか?

7/16エントリを上げた後、そのエントリでの参照論文の著者である小黒一正氏とツイッター上で意見交換する機会があり、その際、氏の未公表の論文で、プライマリーバランス(PB)の改善が金利と経済成長率の差を縮める可能性を見い出されたことをご教示頂いた。具体的には、元の論文で使用している指標 Xt ≡(1+ rt)/(1+ gt) の対数値を被説明変数に取り、PBを含む説明変数を用いて各種の回帰分析を行ったところ、前期のPBの係数はプラスであったものの、同期のPBの係数はマイナスになったという。


このご教示を受けて、本エントリでは、より直接的に、名目成長率を被説明変数、PBを説明変数とする回帰を掛けてみた。すると、以下の結果が得られた(期間は1994-2010年;PBのデータについては後述参照)。

回帰係数(t値) p値
切片 1.952 (1.53) 0.150
PB 1.055 (4.13) 0.001
PB(-1) -1.057 (-3.54) 0.004
PB(-2) 0.481 (1.65) 0.122
補正R2 0.507

確かに同期のPBの係数がプラス、前期のPB(上ではPB(-1)と表記)の係数がマイナスになっている(成長率に対する直接の回帰なので、上述のXtに対する回帰と符号が逆転することに注意)。また、有意性は低いが、前々期のPBの係数がプラスになっている。


ただ、景気が回復すればPBの改善と名目成長率の上昇が同時に起こるため、この回帰からは因果関係が取りづらい。そこで、ここで用いた説明変数のPB、PB(-1)、PB(-2)を、PB、PB-PB(-1)、PB(-1)-PB(-2)に組み直して回帰した結果が以下である。

回帰係数(t値) p値
切片 1.952 (1.53) 0.150
PB 0.480 (1.52) 0.152
PB前年差 0.575 (2.34) 0.036
PB前年差(-1) -0.481 (-1.65) 0.122
補正R2 0.507

これを見ると、PBが効いたというよりは、PB-PB(-1)(上ではPB前年差と表記)が効いていることが分かる。


そこで改めて、説明変数を前年差に絞ると同時に、被説明変数も名目成長率からその前年差に切り換えてみた。結果は以下の通り。

回帰係数(t値) p値
切片 -0.302 (-0.77) 0.456
PB前年差 0.391 (1.79) 0.096
PB前年差(-1) -0.927 (-4.13) 0.001
補正R2 0.516

この前年差の回帰でも、PBの同期の係数がプラス、前期がマイナスという傾向が見られるが、ただし同期はもはや5%水準で有意ではない。


なお、説明変数と被説明変数を逆にして、PBの前年差を被説明変数に取り、名目成長率の前年差を説明変数として回帰すると以下のようになる。

回帰係数(t値) p値
切片 -0.042 (-0.16) 0.873
名目成長率前年差(-1) 0.716 (5.53) 0.000
補正R2 0.649

一般に言われる通り、名目成長率からPBへの波及経路は強いことが分かる。


それと同時に、このことからは、名目成長率の前年差の回帰において、被説明変数のラグも説明変数に入れる場合には注意を要する、という考察が得られる。例えば2つ前の回帰において被説明変数のラグを説明変数に追加すると…

回帰係数(t値) p値
切片 -0.316 (-0.95) 0.360
名目成長率前年差(-1) -0.731 (-2.56) 0.024
PB前年差 1.069 (3.31) 0.006
PB前年差(-1) -0.844 (-4.38) 0.001
補正R2 0.653

前の回帰では5%水準で有意ではなかったPB前年差が1%水準で有意になる。しかし同時に、新たに入れた被説明変数のラグも有意になっている。1つ前の回帰で見た通り、被説明変数のラグが1動くとPBの前年差は0.716動くので、そうした係数の関係を組み合わせて考えてみると、-0.731×1+1.069×0.716で両者がほぼ相殺する格好になっていることが分かる。


また、被説明変数の1期ラグの代わりに2期ラグを説明変数に入れると…

回帰係数(t値) p値
切片 -0.291 (-0.71) 0.491
名目成長率前年差(-2) 0.080 (0.23) 0.825
PB前年差 0.408 (1.71) 0.111
PB前年差(-1) -1.007 (-2.36) 0.034
補正R2 0.481

同期のPB前年差の係数の水準(と有意性)が元に戻り、代わりに前期のPB前年差の係数の水準が若干上がっている(有意性はあまり変わらないが、どちらかというと下がっている。そもそも代わりに入れた被説明変数の2期ラグの係数が、プラスではあるものの、有意ではないことに注意)。


ちなみに被説明変数の1期ラグと2期ラグを同時に説明変数に入れた結果は以下の通り。

回帰係数(t値) p値
切片 -0.344 (-1.00) 0.337
名目成長率前年差(-1) -0.798 (-2.56) 0.025
名目成長率前年差(-2) -0.197 (-0.62) 0.544
PB前年差 1.090 (3.28) 0.007
PB前年差(-1) -0.637 (-1.66) 0.123
補正R2 0.636

これまで見たように、ここでの説明変数の相関の高さとその因果関係を考えると、この表から単純に係数値とt値で影響度を判断するのは危険かと思われる。


P.S. PBのデータは、ぐぐって見つけたこのサイトの数値の国と地方の数字を合計して用いた。ただし、1992-1994年についてはこちらのサイトの国・地方の数値を用いた(両者は2006年はやや乖離しているものの、それ以外の重複期間は概ね一致している)。

実際のデータは以下の通り。

1992 -0.5
1993 -2.2
1994 -3.2
1995 -4.0
1996 -3.6
1997 -2.9
1998 -4.8
1999 -6.0
2000 -4.6
2001 -4.4
2002 -5.7
2003 -5.7
2004 -4.1
2005 -3.0
2006 -1.8
2007 -1.2
2008 -3.3
2009 -8.6
2010 -7.0