自国窮乏化論者が忘れていること

岩田一政氏が円安による交易損失に警鐘を発している(H/T 本石町日記さん)。それを読んで、円安になれば円建ての輸出価格も上がり、その点において輸入資源価格の上昇と円安は異なる、という単純な事実をきちんと押さえていないのではないか、という点が気になった。


実際の数字を見てみよう。
9/23エントリで用いた1995〜2013年度の輸出価格と円/ドルの前年比の関係は下図のようになる。

図中の線形回帰式より、
  輸出価格前年比=-0.9978(-2.00) + 0.4290(7.99)×円ドル前年比                 …(1)
の関係が成立する(カッコ内はt値、以下同様)。


一方、同じ期間の輸入価格と円/ドルの前年比の関係は下図のようになる。

線形回帰式より、
  輸入価格前年比=2.8187(1.67) + 0.3992(2.20)×円ドル前年比                  …(2)
の関係が成立する。回帰係数のt値は2を超えているが、決定係数は0.2213と輸出の0.7898に比べかなり低い。


ここで横軸を、円/ドルの前年比から、円建て日銀国際商品指数(=日銀国際商品指数に円ドルレートをかけたもの)の前年比に置き換えると、以下のように決定係数は格段に向上する。

回帰式は
  輸入価格前年比=-0.1094(-0.09) + 0.4390(5.52)×円建て日銀国際商品指数前年比    …(3)
となる。即ち、輸入価格には円ドルレートもさることながら、国際商品市況が大きく影響していることが分かる。


以上は円建て輸出入価格の話であったが、序でに、契約通貨建て輸出入価格と国際商品市況の関係も見ておこう。
以下は契約通貨建て輸出価格と日銀国際商品指数の前年比の関係。

回帰式は
  契約通貨建て輸出価格前年比
      =-1.6695(-3.01) + 0.0968(2.96)×円建て日銀国際商品指数前年比          …(4)
となる。


契約通貨建て輸入価格と日銀国際商品指数の前年比の関係は次の通り。

回帰式は
  契約通貨建て輸出価格前年比
      =0.0609(0.05) + 0.4084(5.89)×円建て日銀国際商品指数前年比           …(5)
となる。

即ち、輸入価格は国際商品市況の変動分の40%程度を反映しているのに対し、輸出価格は10%未満となっている。これは、こちらのエントリで時系列的に示した資源価格高騰に対する輸出入価格のマークアップ率の差を、回帰係数の差という形で示した格好になっている。


では、以上の関係式を基に、簡単なシミュレーションをしてみよう。


岩田氏はコラム中で日本経済研究センターの予測を基に2012年度から2015年度に掛けての交易損失を論じているが、その予測はこちらで概要が読める。それによると、2014年度の円ドルレートは103.5円/ドル、2015年度は107円/ドルを想定しているとのことである。即ち両年度ともに前年比にして3%台前半の伸びを想定していることになる。国際商品市況が前年比横ばいを続けるとして、これを上の(1)式と(3)式に当てはめると、円建て輸出価格は0.4〜0.5%、円建て輸出価格は1.3〜1.4%程度それぞれ各年度に伸びることになる。


また、日本経済研究センター予測では、実質輸出は6.8%と5.3%、実質輸入は2.6%と4.5%、それぞれ14年度と15年度に伸びることになる。これに上述の輸出入価格の伸びを掛け合わせると、名目輸出は7.2%と5.8%、名目輸入は4.0%と5.9%、それぞれ14年度と15年度に伸びることになる。


名目と実質の輸出入が求められたので、ここに記した算式により、交易利得を求めることができる。それを9/23エントリで示したグラフを延長する形で示したのが下図である(公表値の14、15年度が延長値)。なお、円物価指数、契約通貨物価指数による交易利得も9/23エントリと同様の方法で計算、延長し、その差分として為替要因を求めている(その際、契約通貨建て輸出入価格は(4)、(5)式を用いて延ばしている)。

これによると、12〜15年度の4年間の交易損失のGDP成長への寄与度は累計してマイナス1.4%となるが、それは岩田氏がコラムで示した値(マイナス1.3%)と概ね同じである(うち為替要因はマイナス0.7%)。


岩田氏によると、仮に円安が110円まで進むと、この交易損失は06〜08年度の3年間の累計であるマイナス2.1%(小生の計算ではマイナス2.3%)に近づく恐れがあるという。そこで試しに14年度の円相場を110円/ドル、15年度の円相場を120円/ドルとして上図を再描画してみたのが下図である。

結果は元の予測とほとんど変化しなかった。何が起きたのだろうか?


実は話は単純で、円建て輸出入物価の延長に用いた(1)式と(3)式の回帰係数がともに0.4台前半のかなり近い値であったため、為替の伸び率が変化しても名目純輸出がさほど変化しなかったのである(2013/5/10エントリで書いたように、交易利得が名目純輸出と実質純輸出の差で近似でき、今回のシミュレーションでは実質輸出入を固定していることに注意)。仮に(1)式の回帰係数が0.2だった場合、上の2つの図は以下のように変化し、12〜15年度の交易損失もマイナス1.6%→マイナス2.1%となる(うち為替要因はマイナス1.0%→マイナス1.4%)。

<円ドル:13年度=103.5、14年度=107>

<円ドル:13年度=110、14年度=120>


一方、為替が元の予測のままで、日銀国際商品指数が14年度と15年度に5%ずつ上昇した場合も、12〜15年度の交易損失はマイナス2.1%となる(下図)。ちなみに95〜13年度の同指数の前年比の標準偏差は15%であり、5%程度の振れはむしろ穏やかな部類に属する。


以上のシミュレーションからは、輸出価格の為替感応度の前提によって円安の交易損失への効果は大きく違ってくること、および、仮に為替感応度を通常の半分以下にしてその効果を高く見積もったとしても、資源価格の通常の変動に隠されてしまう程度に過ぎないこと、が分かる。