昨日に続き交易利得ネタ。
最近の円安に関して、交易利得への悪影響を懸念する声が時々聞かれる。では、為替レートはこれまでの交易利得にどの程度の影響を与えてきたのだろうか?
このグラフは年度ベースの輸出入物価指数と円ドルレートを描画したものだが(後述する理由によって物価指数は2010年基準のものを2005年=100となるように変換している)、2009年以降の1ドル=100円を割り込む円高局面において、円ベースと契約通貨ベースで輸出入物価に乖離が生じたことが分かる。具体的には、輸出物価は契約通貨ベースが概ね横ばいで推移したのに対し、円ベースが円高の影響を受けて低下している。即ち、輸出企業は現地価格を維持し、為替差損をほぼそのまま引き受けたことが伺える。一方、輸入物価は円、契約通貨ベース共に上昇基調にあるが、円ベースの方が上昇が抑えられ、円高メリットを享受した形になっている。
なお、交易利得の悪化がよく指摘されるのは主として2005-2008年の期間であるが(例:小峰隆夫氏の日経BP記事)、その時期は円相場は安定しており、円ベースと契約通貨ベースの指数はそれほど乖離していない。従って、この時の交易条件の悪化には為替はあまり寄与しておらず、主として資源価格の高騰に起因する輸入価格の上昇が原因だったことが分かる。
そのことをより直接的に確認したのが下図である。
ここで「交易利得(公表値)」は内閣府のサイトから取得した交易利得である(単位:10億円)。一方、「交易利得(輸出入デフレータ)」は昨日のエントリで計算したニュメレール・デフレータから改めて交易利得を計算したものである。両者の差は四半期を積み上げたものか年度ベースで概算したかの差になるが、グラフに見られる通り、ほぼ同一の値を取っている。
これに対し、「交易利得(円物価指数)」および「交易利得(契約通貨物価指数)」は、デフレータを上記の日銀の輸出入物価指数に置き換えて計算したものである(上述したように、物価指数はデフレータの基準年に合わせて2005年=100としている)。具体的には、昨日のエントリで示した交易利得の算式
(X-M)(x+m)/(X+M) - (x-m)
における名目値XとMを、実質値に物価指数を掛け合わせたもので置き換えている。ここで契約通貨ベースの交易条件とは、円が他通貨に対して一貫して固定相場であり、かつ、実質輸出入が変わらない、という想定の下の交易条件に相当することになる*1。
これを見ると、円ベースの交易利得と契約通貨ベースのいずれも、傾向的には通常の交易利得と同様の動きを示していることが分かる。なお、図には日銀国際商品指数(ドルベース)も併せて示したが、いずれの交易条件も、同指数を鏡に映したような形で推移している。上述したように、交易条件の変化は国際商品市況でかなりの程度決まっていたことが、そこからも伺える。
とは言え、為替の影響もゼロだったわけではない。特に2009年以降は、円ベースと契約通貨ベースの交易条件の乖離が広がっている。ただしここで注意すべきは、このブログエントリでesri太郎さんが指摘するように、交易利得の実額やGDP比を云々することにさほど意味は無く、GDPとGDI(もしくはGNI)の伸び率の差への影響が問題になる、という点である。そこで、円ベースと契約通貨の各交易利得の前年差を、前年実質GDPに対する比率として描画してみたのが下図である。
これを見ると、2009年以降の円高局面では、確かに契約通貨ベースに比べて円ベースの交易条件の悪化は和らげられたが、その緩和の程度は、実質GDIの年度成長率を実質GDPに比べせいぜい0.2%程度改善するに過ぎなかったことが分かる。これは資源価格のちょっとした変動で消えてしまう程度の影響であり、あまり重視すべき要因になるとは思われない。