実質為替レートと交易条件の乖離をもたらしたもの

ここ2日間、交易利得関係のエントリを続けたが、今日も交易条件ネタ。


少し前のアゴラに池尾和人氏が「実質為替レートと交易条件」というエントリを上げ、経済産業研究所(RIETI)の森川正之氏のコラムを引きつつ、リーマンショック以降、それまで同様の動きをしてきた実質実効為替レートと交易条件の乖離が広がったが、最近の円安でその乖離が縮小した、という話を紹介している


試しに日銀の時系列統計データ検索サイトから実質実効為替レート指数と輸出入物価指数をダウンロードして、池尾氏や森川氏と同じグラフを描いてみたのが下図である。

ただしここでは、以下の算式で求めた実質ドル円相場も併せて描いてみた。
  実質ドル円相場=1/円ドル相場×国内企業物価指数/米国・生産者物価指数
円ドル相場と国内企業物価指数は同じく日銀の検索サイトから取得し、米国の生産者物価指数はセントルイス連銀から取得した。また、2010年平均が100になるように基準化してある。


この図を見ると、実質実効為替レートも実質ドル円相場も同様の動きをしている。森川氏や池尾氏によると、交易条件が実質実効為替レートの均衡水準の目安になるとのことである。実質ドル円相場が実質実効為替レートを表わすものとし、それが交易条件に連動するならば、結局、
  1/円ドル相場×国内企業物価指数/米国・生産者物価指数
                         ∝ 輸出物価指数/輸入物価指数
という関係が成立することになる。これを書き換えれば、
  輸入物価指数/(円ドル相場×米国・生産者物価指数)
                         ∝ 輸出物価指数/国内企業物価指数
となる。即ち、交易条件が実質実効為替レートの均衡水準の目安になるとは、円換算した海外物価に対する輸入物価のマークアップ(もしくはマークダウン)率と、国内物価に対する輸出物価のマークアップ(もしくはマークダウン)率とが比例関係にあることを想定していることになる。


そこで、両比率を描画してみると、以下のようになる。

これを見ると、リーマンショック以降に輸出物価のマークアップ率が低下する一方で、輸入物価のマークアップ率が上昇していることが分かる。これが交易条件と実質為替レートの乖離をもたらした原因である。ただ、輸出物価のマークアップ率はそれまでも低下傾向を続けていたのに対し、輸入物価のマークアップ率はそれまで低下ないし横ばい傾向にあったのが上昇に転じたというトレンド変化があったようにも見える(ただしそのトレンド変化はリーマンショックより前の2002年頃に起きていたように見える)。


より直接的に、交易条件/実質ドル円相場の要因分解を試みたのが下図。

ここでは加法性を成立させるために対数変換しているほか、要因分解を見易くするため定数項調整を掛けている。輸入物価のマークアップ率は逆符号にしているので、本来ならば輸出のマークアップ率と(少なくともトレンド的には)逆方向に動くべきであるが、上述の通り2002年以降にその関係が崩れ、両者が同方向に動くようになっている。


さらに、輸出物価と国内物価、輸入物価と円換算した米国物価を比較したのが次の2つの図である(比較を見易くするため、米国物価は円ドルレートを乗じた後に200で割っている)。

これを見ると、リーマンショック時の円高で国内物価以上に輸出物価を下げたのもさることながら、2000年代後半以降に輸入物価が円建て米物価より大きく上方乖離していることが分かる。こうした上方乖離は、我が国が資源を輸入に頼る割合が米国などよりも高い以上、資源価格高騰時には必然的に生じることになる。
とは言え、そうした資源価格高騰によるマークアップ率と同等のマークアップ率を輸出物価に乗せた上で、さらに円高が生じたならばその分も現地価格に上乗せすべである、それで海外と競争できないのは日本企業の企業努力が足りないからだ、というのが交易条件に関する我が国の経済学界の主流派的な見解のようである。