ラスカルさんのこのエントリを大変興味深く読んだ。そこでは、デフレの判断においてGDPデフレータと国内需要デフレータのどちらが適切か、について論じられている。ラスカルさんによれば、国内需要デフレータの方が、GDPデフレータよりも、GDPギャップないしその表れとしての完全失業率との連動性が高いのではないか、とのことである。
ただ、個人的には、この問題は別の観点――具体的には、デフレータではなくGDPそのもの――から整理することが可能なのではないか、そしてその方がひょっとして分かりやすいのではないか、という感想を抱いた。そう考えた主な理由は、現在の日本の状況下では、各種物価指数よりも名目GDPの方がデフレの指標として適切なのではないか、と最近個人的に考え始めたことにある(…その点についてサムナーの影響を受けたことは認める)。
下図は、試しに2001年以降の四半期ベースの名目GDP、GDPデフレータ、国内需要デフレータの前年同期比と、季節調整済み完全失業率を描いたものである*1。
ラスカルさんは、「完全失業率(GDPギャップ)の改善に応じ国内需要デフレーターの減少幅は縮小し、2006年にはほぼプラス圏内に入りますが、GDPデフレーターは減少が続きました」と書かれているが、この図を見ると確かにその通りであることが分かる。だが、名目GDPと失業率の関連はそれよりも一層明確で、名目GDP成長率が2003年末にプラスに転じると同時に失業率が下がり始め、同成長率がプラスの領域にある間は下がり続けている。しかし、2008年に再び名目GDPがマイナス成長になると同時に、失業率は再び上昇に転じている。
ラスカルさんのようにデフレータと失業率との関係を見るというのは、フィリップス曲線の枠組みに基づいている。一方、名目GDPと失業率の関係を見るのは、オークン則の考え方の延長と言える。通常のオークン則ではGDPギャップや実質成長率を使うが、ここでは名目成長率を使ったわけだ。小生は、デフレの状況では実質成長率はインフレ下におけるほど意味を持たず、むしろ名目成長率の方が経済の成長性を正しく表すのではないか、と考える。
では、このように名目GDPを経済を判断する基準に置いて物事を考えた場合、GDPデフレータと国内需要デフレータはそれぞれどのような意味を持つだろうか? 言うまでもなく、名目GDPをGDPデフレータで割ったものが実質GDPである。では、名目GDPを国内需要デフレータで割った指標は何か意味を持つのだろうか?
…実は、名目GDPを国内需要デフレータで割ると、実質GDIにほぼ等しくなるのである(下図参照)。
従って、ラスカルさんのように国内需要デフレータがGDPデフレータよりも実需に即していたと主張することは、名目GDPを需要ベースに引き直した指標として実質GDPよりは実質GDIの方が適切だったと主張することに等しい、と言える。実際、実質GDIの実質GDPに対する指標としての優位性を訴える主張は、両者の乖離が大きくなった時期から既に見られるようになっており、小生もその見方に賛意を表したことがある*2。実質GDIは実質GDPに交易利得を加えたものであるが、近年は資源価格の高騰により交易条件が悪化し、上図のように実質GDIが実質GDPを下回る局面が続いた。そうした悪化要因をきちんと取り込んだ指標の方が実態をより正しく把握できる、というわけだ。
ちなみにラスカルさんは別のエントリで今後の交易条件の改善を予測されている。もしその改善によって上図に見られるような乖離が無視できるほど小さくなれば、実質GDIと実質GDP、そして国内需要デフレータとGDPデフレータは、それぞれ以前のようにほぼ同じ動きをすることになり、どちらが適切かと言う問題で頭を悩まさなくても済むようになるだろう。