逆依存人口比率と経済

人口の高齢化と経済の低迷の関係は最近しばしば話題になるところであり、本ブログでも折りに触れ取り上げてきた。


この問題に関し、先月初めと終わりに、日本の著名なエコノミスト達による興味深い指摘が2つなされた。


一つは「This Time May Truly Be Different: Balance Sheet Adjustment under Population Ageing」と題された1/7付けの西村清彦日銀副総裁のAEA講演である(Mostly Economics経由*1)。

そこで西村氏は、生産年齢人口を依存人口で割った逆依存人口比率(the inverse dependency ratio)のグラフを描き、それがピークを付けた段階で各国のバブル(日本、米国、欧州周縁国、そして中国?)もピークを迎える、という関係を示している(下図)。





Mostly EconomicsのAmol Agrawalは――彼も最近は、今般の経済危機の研究も一段落したからこれからは人口と経済の関係が経済学にとって重要なテーマとなるのだ、と述べるなど人口動態づいているのだが――very interesting and thoughtful speech/superb speechとこの講演を激賞している。



もう一つは、ドイツ証券の松岡幹裕チーフエコノミスト安達誠司シニアエコノミストによる1/28付けのJapan Economics Weeklyである。
その調査報告で両氏は、27ヶ国/先進23ヶ国/G7という3種の国のグループについてパネルデータ回帰分析を実施し、いずれのグループにおいても、インフレ率と総人口伸び率の間に有意な関係を見い出している(ただしG7では有意性がやや弱い)。両氏はこの結果を驚きを以って受け止めており、成人になる前の人口は供給に寄与せず需要のみに寄与するためではないか、と推測している*2。この回帰分析によると、人口成長率の1%の変化がCPI伸び率の0.8%の変化をもたらすという。


また両氏は、インフレ率と逆依存人口比率との関係も調べており、27ヶ国では非有意だったものの、先進23ヶ国およびG7ではプラスに有意の結果を得ている*3。その係数は概ね2.7〜3.5であるので、逆依存人口比率の1標準偏差(=0.2)の変化がCPI伸び率の0.55〜0.70ポイントの変化をもたらす計算となる。日本の同比率は1992年のピーク値2.31から2009年には1.77まで低下しているので、17年間に1.5〜1.9%(年率約0.1%)のインフレ率低下をもたらしたことになる。これは影響としては微々たるものと言えるだろう*4


なお、両氏は、CPIインフレ率の代わりに住宅価格変化率を被説明変数にした分析も行なっているが、そこではいずれの人口指標もいずれの国グループでも有意にならなかったという。上記の西村氏の指摘するバブルが基本的に不動産バブルであることを考えると、これは西村氏の考察とは矛盾する結果と言え、実際に松岡・安達両氏もそのように指摘している。

*1:ただしこのエントリ内のリンクは(おそらく1/31のHPリニューアルのため)現在無効になっている。

*2:この推測と、そうした未成年世代の親の世代の影響を強調した一部の研究との関係も興味が持たれるところである。

*3:このことは、このはてぶで指摘したように、こうした人口と経済の関係の分析においては、先進国経済とそれ以外の経済を区別する必要性があることを示しているように思われる。

*4:今回のパネルデータ回帰分析において両氏は、人口指標以外の説明変数として、GDPギャップ、輸入商品価格、通貨供給量を用いている。このうちGDPギャップは常に有意だったが、他の2指標はG7では有意にならなかったという(輸入商品価格は27ヶ国と先進23ヶ国では常に有意。通貨供給量は27ヶ国では常に有意だが、先進23ヶ国では逆依存人口比率と一緒に回帰した場合のみ有意[=総人口伸び率と一緒に回帰した場合は非有意])。
ちなみに、逆依存人口比率がGDPギャップに影響を与えている可能性を検証するためのパネルデータ分析を別途実施したところ、有意な結果が得られたという。ただし調整済み決定係数は極めて低かったので、同比率がGDPギャップの主要な要因であるとはとても言えない、との由。