マンキューの財政政策への懐疑論

5/25エントリ昨日のエントリで取り上げたThoma=Andolfatto論争だが、Andolfattoが5/27エントリクルーグマンやデロングに対する表現に行き過ぎがあったことを認めて謝罪したことで一応の決着を見たようである。ただ、Andolfattoは同時にThomaが自分の意図を正しく捉えていなかったことを指摘し、Thomaもそれを認めた
Andolfattoが改めて自分の本意として挙げたのは、以下の3点である。

  1. 自分は経済危機対応としての財政政策に賛成でも反対でもない。証拠を見るたびに考え直している不可知論者である。ただし、財政政策の再分配機能は評価しているが、それは今回の議論の議題とはならなかった。
  2. 自分が反対しているのは、あたかも「この問題に関しては科学的に決着が付いている」と思わせるように世論を誘導しようとする態度である。その態度は意図的なものではないかもしれないし、単に自分がそう受け取ってしまっただけかもしれない。しかし、マンキューのより慎重なアプローチは、ドグマに陥らずに相手を説得するという点では参考となる。
  3. 自分はニューケインジアンモデルのゼロ金利における財政刺激策に関するロジック自体に異議を唱えたことは無い。ただ、ニューケインジアン以外にも、たとえばニューマネタリストモデルが存在するが、そのモデルはニューケインジアンモデルに説得力という点で劣ることがなく、かつ、異なった結論を導き出し得る。単一のモデルに基づいて大胆な主張をするのは避けるべきである。

なお、Andolfattoは、上記第二項でのマンキューの懐疑論の称賛に際し、セントルイス連銀の定期刊行誌に掲載された昨年12月のマンキュー講演録にリンクしている*1

そこでマンキューが述べている内容は、概ねこれまで彼がマンキューブログで述べてきた内容と重なっているが、ケインズ経済学について自分のハーバードでの講義に絡めて以下のようなことを言っている。

I teach the Principles of Economics course at Harvard. It is a full-year course, and I start with what we economists are confident is true and then move on to material that is less and less certain as the year goes on. We look first at supply and demand, the theory of comparative advantage, profit maximization, marginal revenue equals marginal cost—the premises we agree on. Eventually, as the course goes on, we move to macroeconomics. We examine classical monetary theory, growth theory, and at the very end of the course the theory of business cycles, which is the topic we understand least of all.
I am actually a believer in Keynesian theory; much of my research is in that field. But even as a believer in many aspects of Keynesian theory, I appreciate that you cannot approach this subject matter without showing some humility about what we, as economists, can truly be confident about.
(拙訳)
私はハーバードで経済原論を教えている。それは丸1年の課程であるが、私はまず、我々経済学者が真実であると自信を持って言えることから始めて、その後、月を追うごとに、段々と経済学者がより確信を持っていない題材に移っていくようにしている。最初に取り上げるのは、供給と需要、比較優位の原理、利益最大化の原理、限界収入と限界費用の均等化といった、我々の合意が得られている事項である。やがて課程が進むに連れ、マクロ経済学に移る。古典的な貨幣論、成長論を取り上げ、課程の一番最後に、我々の理解が最も進んでいない分野である景気循環論を取り上げる。
私自身はケインズ理論を信じているし、私の研究のかなりの部分はそれに関するものだ。しかし、たとえケインズ経済学を多くの面で信じているにせよ、我々経済学者が本当に自信を持って言えることに関してある程度の謙虚さを示さない限り、この題材を取り上げることはできない、と私は思う。

そして、返す刀でオバマ政権を槍玉に挙げている。

In an attempt to “know” as much as possible, the Obama administration is compiling data to measure the effect of the stimulus. (See www.recovery.gov, where you can find state-level job creation “data” reported to two decimals of accuracy!) This effort is, I think, the least credible part of the whole endeavor. The reporting errors are tremendous because no one accurately fills out these questionnaires with the true number of jobs they are creating.
・・・even if the reporting were perfectly correct, the whole activity still makes no sense. When we talk about the effects of government purchases on aggregate demand, and therefore on job creation, there is an array of general equilibrium effects (“knock-on effects”) that are tremendously important— some positive, some negative. These jobcreation surveys cannot possibly capture these effects.
(拙訳)
可能な限り「知ろう」として、オバマ政権は財政刺激策の効果を測るデータを集めている(www.recovery.govを見ると、州レベルの仕事創出「データ」が小数点以下2桁の精度で報告されている!)。この試みは、私の考えでは、全体の中で最も信頼性が乏しい部分だ。誰も自分が創り出している仕事の数を正確に質問票に記入しないので、報告の誤差は非常に大きなものとなる。
・・・たとえ報告が完全に正しいとしても、全体としてはやはり意味をなさない。政府購入が総需要に与える効果、ならびにそれに伴う仕事の創出について論じる際には、非常に重要な正負双方向の一般均衡効果(波及効果)が数多く存在する。仕事創出調査ではそうした効果を捉えることはできない。

ちなみに、この講演の前月に、マンキューは上述の点についてクルーグマンとやり合っている

*1:マンキューブログでは3/31エントリで同講演録にリンクしているが、そちらはハーバードのファイルアップロードサイトにリンクしている。