日銀の債務超過懸念へのバーナンキからの“回答”

岩本康志氏が5/30のブログエントリで、長期国債を日銀が買い取り、その後売却した場合に生じる債務超過(ないし自己資本毀損)についての懸念を表明している。

さて,かりに日銀が利払費2.4兆円を納付金として政府に納めたら,どうなるか。最初に十分な自己資本がなければ,2.4兆円の国債の売却損の結果で日銀は債務超過となるだろう。債務超過になるのは,通貨発行益ではないものを,あたかも発行益のようにして政府に還流させてしまうからである。

通貨発行益 ( 経済学 ) - 岩本康志のブログ - Yahoo!ブログ


以前(4/6)、ちょうど7年前の今日に行われたバーナンキ日本講演を、岩本氏のバーナンキ背理法批判への反論になっている、として紹介したことがあったが、同講演には、今回の岩本氏の上記懸念への反論と読める部分もあったので、以下に紹介しておく(前回同様、原文と「リフレと金融政策」における高橋洋一氏訳を合わせて引用する)。

・・・Because yields on government bonds are currently so low, these holdings expose the BOJ's balance sheet to considerable interest-rate risk (although any losses would be partly offset by unrealized capital gains on earlier acquisitions of bonds). Indeed, ironically, if the Bank of Japan were to succeed in replacing deflation with a low but positive rate of inflation, its reward would likely be substantial capital losses in the value of its government bond holdings arising from the resulting increase in long-term nominal interest rates.
・・・
The public debate over the BOJ's capital should not distract us from the underlying economics of the situation. In particular, the private shareholders notwithstanding, the Bank of Japan is not a private commercial bank. It cannot go bankrupt in the sense that a private firm can, and the usual reasons that a commercial bank holds capital--to reduce incentives for excessive risk-taking, for example--do not directly apply to the BOJ (Note: There does not appear to be any provision in the Bank of Japan Law that addresses whether the Bank can or cannot have negative net worth, or what would happen if it were to report negative net worth.).
・・・
In short, one could make an economic case that the balance sheet of the central bank should be of marginal relevance at best to the determination of monetary policy. Rather than engage in what would probably be a heated and unproductive debate over the issue, however, I would propose instead that the Japanese government just fix the problem, thereby eliminating this concern from the BOJ's list of worries. There are many essentially costless ways to fix it.
(高橋氏訳)
・・・国債の利回りが現在非常に低いため、これらの保有は日銀のバランスシートをかなりの金利リスクに晒しています(もっとも、損失は部分的には以前に取得した債券の未実現キャピタル・ゲインによって相殺されるでしょうが)。実のところ、皮肉なことですが、もし日本銀行がデフレを低いもののプラスのインフレに変えることに成功すると、その成果は長期名目金利の上昇の結果生じる保有国債価値の大幅なキャピタル・ロスとなりそうです。
・・・
日銀の資本を巡って議論があるからといってわれわれは現状の経済状況から目をそむけてはなりません。特に、民間株主がいるとはいえ、日本銀行は民間商業銀行ではありません。民間企業の破産という意味での破産は日本銀行の場合にはありえませんし、商業銀行が資本を維持する――たとえば、過大なリスクを引き受けるというインセンティブを減らすために――というふつうの理由は日銀については直接には当てはまりません(注:日本銀行債務超過になりうるのかなりえないのか、また債務超過を報告せざるを得なくなったらどうなるのか、については日本銀行法のどこにも規定がないように思われる)。
・・・
要するに、中央銀行のバランスシートというものは金融政策の決定にとってはせいぜい限界的な意義しか持ちえないことを経済的に証明できます。しかし、この問題を巡り、おそらく侃々諤々の非生産的な論争となりそうなことには立ち入らない代わりに、私は、日銀の懸念項目のリストから先に述べた懸念を取り除いて、日本政府が問題を解決することを提案したいと思います。本質的にコストのかからない問題解決方法はたくさんあります。


そして、この問題解決方法の代表例としてバーナンキが挙げたのが、4/6エントリで紹介した日本経団連発案のボンド・コンバージョンである(ちなみに、同エントリで引用した最初の文章は、上の引用部の直後のものとなっている)。



試しに、そのボンド・コンバージョンの考え方を、今回の岩本氏の数値例に適用してみよう。


岩本氏の示した数値例は以下の通り。

国債価格 クーポン 利回り
t期初 100
t期末=t+1期初 97.6 2.4 {(97.6+2.4)/100-1}*100 = 0%
t+1期末 100 2.4 {(100+2.4)/97.6-1}*100 = 5%

これはt期初に発行され、t+1期末に償還される2期間の長期債の価格推移である。t期とt+1期の趨勢的な金利(=各期の短期債利回り)はそれぞれ0%、5%とする。すると、各期における金利裁定、および発行時の価格が100になるという条件から、クーポン=2.4、t期末=t+1期初の債券価格=97.6という数値が求められる。ここで、クーポンはt期とt+1期で同じ、即ち固定金利であることが仮定されている。その場合、t期初に買い取った長期債は、t期末に97.6-100=-2.4の評価損を計上してしまうわけだ。


今、t期末において、バーナンキ提唱のボンド・コンバージョンを適用するものとしよう。すると、t+1期のクーポンは、固定金利と変動金利スワップにより、2.4から5に上昇する。すると、t期末の債券価格は97.6から100に上昇し、日銀の評価損は無くなる。

国債価格 クーポン 利回り
t期初 100
t期末=t+1期初 100 2.4 {(100+2.4)/100-1}*100 = 2.4%
t+1期末 100 5 {(100+5)/100-1}*100 = 5%


ただし、この場合は、t期における長期債の利回りが2.4%であるのに対し、短期債は0%なので、長期債での運用の方が短期債より有利だったことになり、金利裁定が成立していなかったことになる。これは、t期末においてボンド・コンバージョンを適用するという、いわば“後出しジャンケン”を行ったためである。もしt期初時点でボンド・コンバージョンを導入していれば、国債価格とクーポンの推移は

国債価格 クーポン 利回り
t期初 100
t期末=t+1期初 100 0 {(100+0)/100-1}*100 = 0%
t+1期末 100 5 {(100+5)/100-1}*100 = 5%

となり、結局、各期を短期債で運用するのと同等の結果になることが分かる。


なお、岩本氏は、t期末で日銀が長期債を民間に売却することを想定している。そうすると、t+1期に財務省が支払うクーポンは、民間の手に渡ることになる。その額は、ボンド・コンバージョン前は2.4だったのが、ボンド・コンバージョン後には5に上昇することになり、財務省にとってコスト増になってしまう。
一方、バーナンキは、日銀が最後まで長期債を保有し続けることを想定している。その場合は、t+1期に財務省が支払うクーポンは、2.4だろうが5だろうが、そのまま国庫納付金で財務省に戻ってくることになる。従って、財務省のコストは、ボンド・コンバージョンの有無に関わらずゼロである。つまりこの場合は、財務省の追加負担ゼロで、t期末の日銀の時価評価損を消し去ることができる、というのがバーナンキの主張するボンド・コンバージョンのメリットである。