ルールベースか、裁量ベースか

イタリア銀行のMassimo LibertucciとMario Quagliarielloというエコノミストが、このテーマについてvoxeuに書いているEconomist's View経由)。ただ、彼らの関心は、(現在日本で関心を集めている)インフレ目標などの金融政策というよりは、金融安定化策(マクロプルーデンシャル)、とりわけ銀行の自己資本比率規制政策にある。


彼らの提言は以下の通り。

Looking at pros and cons of the two extreme options (pure discretion and hard rules), we agree with the idea that a constrained discretion can be a viable compromise. Our favourite setting is however slightly different, with greater emphasis on rules. A predefined rule would determine the policy reaction (e.g., in terms of request for building up / depletion of capital buffers) to changing economic conditions. The set of variables may be different across jurisdictions, but should be announced clearly and transparently ex-ante. The relevant authority would have the option to override this rule, allowing the banking system to increase and decrease the buffer as appropriate, in the light of a broader range of information on the state of health of the economy. However, this would represent an exception, to be used in rare circumstances and properly explained to market participants. In our view, a more extensive use of discretion may determine competition in laxity across jurisdictions and reduction in cross-country comparability. In sum, rules would be the everyday framework, while discretion would represent an extreme resort.

We also believe that such a system can work better if the macroprudential tools are put in the hands of a regional or global macroprudential authority – less prone to external pressures – rather than domestic ones. Certainly, the actual effectiveness of such a system will depend crucially on the independence, reputation and accountability of the macroprudential authority, as well as on its ability to enforce its recommendations. The final outcome will also be affected by the interaction between the micro- and the macro-prudential authorities, since they will handle the same tool. Should this institutional setting be considered too ambitious, a rigorous peer review process, as suggested also by the Financial Stability Board (2010), would ensure that national authorities either comply with their own pre-commitment or explain possible deviations to a group of peer authorities.

(拙訳)
2つの極端な選択肢(純粋な裁量と堅固なルール)に対する賛否両論に鑑みると、制約付きの裁量が実行可能な妥協点であるという[イングランド銀行(2009)の]考えに我々は同意する。しかし我々の好みの設定はやや異なっており、ルールにより重きを置くことを望む。事前に決定されたルールは、経済環境の変化への(たとえば資本バッファの積み増し/減少の要求といった)政策の反応を決定する。ルールの対象となる変数の集合は管轄領域によって変わってくるだろうが、事前に明確かつ透明性をもって宣言されなくてはならない。関係当局は、経済の状態に関する幅広い情報を基に、このルールを覆して、銀行システムが必要に応じてバッファを増減することを認める権限を持つ。しかし、それは例外的処理と見なすべきであり、稀な状況下で、市場参加者に懇切丁寧に説明した上で使用されるべきものである。我々の考えでは、裁量の使用をそれ以上に認めてしまうと、全管轄領域に亘って争うようにルールの弛緩が起きてしまい、各国間での比較可能性が損なわれてしまう。つまり、ルールを日々の枠組みとし、裁量は極端な手段とすべきなのである。

我々はまた、マクロプルーデンシャルの手段が、国内の当局よりも、地域もしくは世界的な当局の手に委ねられた方が、外部からの圧力の影響を受けにくく、そうしたシステムが良く機能するものと考える。もちろん、そうしたシステムの実際の有効性は、マクロプルーデンシャル当局の独立性、評判、説明責任、ならびにその提唱を実現させる能力に大いに掛かっている。最終的な結果は、ミクロプルーデンシャル当局とマクロプルーデンシャル当局の相互作用にも影響されるだろう――その2つの当局は同じ手段を使うのだから。こうした制度の導入があまりにも野心的だと思われるならば、厳格な相互評価のプロセス――それは金融安定理事会(2010)でも提案されたのだが――が、各国当局が事前のコミットメントを遵守するか、さもなくば起こり得る逸脱を同僚機関の集まりに説明するか、いずれかの行動を取ることを保証するだろう。


ここでルールベースが好まれるのは、時間的整合性の問題のためにほかならない。論説の冒頭には次のように書かれている。

The time-(in)consistency literature, launched bu Kydland and Prescott (1977), shows that discretion-based solutions would be the first-best in terms of agents’ utility, but they are not time-consistent. In fact, strategic responses of rational, utility-maximising agents lead to an ex-post sub-optimal arrangement; rules ensure that – ex-post – at least a second-best is achieved.

(拙訳)
キドランドとプレスコット(1977)が創設した時間的(不)整合性の分野では、エージェントの効用という観点からは裁量ベースの解決策が最善であることが示されるが、それは時間的整合的でない。実際、合理的で効用を最大化するエージェントの戦略的反応からは、事後的には最適ではない状況が導かれる。ルールは、事後的に少なくとも次善の状態が達成されることを保証する。

余談だが、小生は、職業柄、ルールベースと聞くとどうしても対義語としてコストベースが思い浮かんでしまう。周知の通りoracleは10gからルールベースを廃止して、コストベースだけになった。これはもちろん、sqlの検索においては時間的整合性の問題が何ら関連しない(現在の検索が将来の検索に対する期待によって決まることは有り得ない)ためである。ただし、コストベースでもヒント句は使用できるので、ある程度ルールを持ち込めるという見方もできる。これは、ルールに若干の裁量を持ち込むという上の小論とは逆の方向性と言える。
なお、これも周知の通り、コストベースではアナライズが適切になされて統計情報が正しいことが決定的に重要である。経済政策でも、時間的整合性を考慮しなければ裁量策が最良策であるとはいえ、間違った分析による誤った統計を使用すればとんでもない結果になるのは言うまでも無い。


[…最後の段落はoracleを使ったことのない人には意味不明だと思うので、無視してください。使ったことのある人も、ただの駄文なので、無視してください。]