「クラウドコンピューティングの経済学(The economics of cloud computing)」という論説がvoxeuに掲載された(Economist's View経由)。書いたのはFederico Etroというミラノ大学の准教授。内容は、クラウドコンピューティングはIT導入費用を低下させるので、起業を容易にし、経済にプラスの効果を与える、というもの。
voxeuには元となった論文へのリンクが張られている(ただし、wrong, rogue and booklogではより新しい版へのリンクが紹介されているので、そちらを参照した方が良いかもしれない)。
その論文では、モデルを構築した上で、EU25ヶ国を対象に分析を行なっている。具体的には、クラウドコンピューティングの浸透が速いケース、遅いケースのそれぞれについて、雇用者数、および中小企業の起業数に対する短期と中期の影響を示している。
ただ、惜しむらくはそのシミュレーション結果のほとんどが絶対数で示されているので、ややイメージが掴みにくい。
そこで、eurostatから人口データを拾ってきて、論文の数字を対人口比率に直してみようと考えた。以下では、浸透が速いケースの中期の影響を、そのように換算した上でグラフに示してみる(人口は2010年推計値を使用)。
まず、雇用者数(単位%)。
英国とリトアニアでの雇用効果が目立つ。
ちなみに論文の表1によると、このケースのEU全体のGDPの押し上げ効果も(雇用増と同じ)0.3%とのことである。
次に、人口1万人当たりの起業数。
面白いのは、ポルトガル、ギリシャ、イタリア、スペインという、いわゆるPIIGSからアイルランドを除いた四ヶ国が上位に来ている点である。10を超えているのは、後は中欧二ヶ国(チェコ、ハンガリー)と北欧二ヶ国(スウェーデン、ノルウェー)となっている。
なお、この論文を読んで少し気になったのは、従来のIT産業への負の効果に触れられていない点である。クラウドコンピューティングによって自社で維持していたコンピュータセンタやIT要員や外注が不要になれば、その企業にとっては費用削減になるかもしれないが、削減対象となった企業・労働者にとってはマイナス効果に他ならない。従って、この論文のやや楽観的な結果をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない気もする。
[2010/3/2追記]
その他のこの論文に関する雑感。
- クラウドコンピューティングの効果を、固定費の5%削減(浸透が速いケース)もしくは1%削減(浸透が遅いケース)としている。その根拠は、IT費用は平均して総費用の5%を占めるためとの由。固定費は総費用より少ないし、IT費用がすべて固定費に含まれるわけでもないので、固定費の1〜5%は保守的な見積もり、とのことだが、この辺りはかなり大雑把な気もする。
- 雇用への効果を業種別に見た場合、製造業のほか、「ホテルとレストラン」業に最も効果が表れる、と書かれている。これはその業種の雇用者数が多いため、とあっけらかんと書いているが、裏返せばクラウドコンピューティングが各業界に与える効果を精緻にブレイクダウンしていない(=上記の通り、単なる固定費の削減として扱っている)ことの表れではないか。
- 上記で「従来のIT産業への負の効果に触れられていない」と書いたが、むしろ、以下の文章では、追加される雇用も速やかに減衰することが仮定されている。つまり、完全雇用に近い状況で労働の移動もスムーズな状況が仮定されているようだ。残念ながらそれは、現在の状況とは程遠いと言わざるを得ないだろう(…特にPIGSでは)。
- Overall, the impact on employment is more limited compared to the impact on business creation for a simple reason. One of the main advantages of cloud computing is an induced change in the market structure of many sectors, with the creation of more firms and an increase in the level of competitiveness (associated with a reduction in prices as well). This change in the market structure associated with larger efficiency induces a re-allocation of jobs that does not increase by much the number of workers.