インフレ目標と危機への対処に関する実証分析

というIMF論文が2/1に出ているMostly Economics経由)。正確なタイトルは「Inflation Targeting and the Crisis: An Empirical Assessment」で、著者はIrineu de Carvalho Filho。


以下はMostly Economicsの紹介の拙訳。

IMFのIrineu de Carvalho Filhoが、インフレ目標採用経済と非インフレ目標採用経済の危機におけるパフォーマンスの差を評価している。

この論文は、インフレ目標採用国が今回の危機をどう乗り切ったかを評価している。論文の目的は、将来の研究の手引きおよび動機付けとなるような定型化された事実の確立にある。

  • 我々は、2008年8月以降、インフレ目標採用国がそれ以外の国に比べて名目政策金利をより低め、この緩和政策が、実質金利においてさらなる大きな差をもたらしたことを発見した。
  • また、デフレに陥る可能性がより小さかったことも発見した。
  • さらに、市場がより大きなリスクを感知したということとは無関係に発生した実質為替の急激な減価も見い出した。
  • 我々はまた、インフレ目標採用国が失業率でも良い成績を収めたこと、および、インフレ目標を採用している先進国が比較的良好な鉱工業生産を達成したことについての幾分弱めの証拠も発見した。
  • 最後に、インフレ目標を採用している先進国が、そうでない先進国に比べ、高いGDP成長率を達成したことを発見した。ただし、新興諸国やサンプル全体ではそのような傾向は見られなかった。

大抵の経済変数についてインフレ目標採用国の勝ち、というわけだ。


論文の冒頭には以下のように書かれている。

今回の経済危機は、経済学者に、マクロ経済政策全般、とりわけ金融政策に関する見解を再考することを促した(たとえばブランシャール、デル・アリシア、マウロ(2010))。危機後に研究者や政策当局者が直面している最も重大な問題の一つが、大平穏期時代の金融政策制度を維持すべきか、それとも破棄すべきか、ということだ。


結論はこう。

論文で見い出されたことをまとめると、これまでのところインフレ目標採用国が勝ち点で上回っている、ということだ。インフレ目標採用国の金融政策は、危機に対処するのにより適していたように思われる。


しかし、まあ、インフレ目標制度だけの手柄にするのは間違いだろう。論文のサンプル国を見るとそれが分かる。

我々の全サンプルからは、以下の国は除いた。2002年のドル建ての名目GDP(WEOデータの項目ngdpd)が100億ドルに満たないもの;いくつかの統計で外れ値となってしまうという理由で、ジンバブエ;INSデータでインフレ率が数ヶ月に亘って同じ値だったという理由で、アンゴラカタールスーダンアラブ首長国連邦、そして[危機のそもそもの根源という理由で]米国。この結果、全サンプル数は84ヶ国となった。アイスランドは、インフレ目標採用国の中ではおそらく最悪の危機を迎え、危機の間にインフレ目標を停止した唯一の国だが、名目GDPの条件を満たさないためにサンプルに含まれていないことに注意。

というわけで、非インフレ目標採用国サンプルに米国が入っていないわけだ。米国を入れたら、非インフレ目標採用国サンプルにとって、失業率の面ではより悪い結果になったかもしれないが、他の変数――GDP、インフレ率、危機の際の金利の大幅引き下げ――については結果が改善されたのではないか。


また、インフレ目標採用国サンプルにも注意を払うべきだろう――オーストラリア、スウェーデンニュージーランド、カナダ、ノルウェー、チリ、等々。いずれも他の経済制度面でも非常に優れており、インフレ目標だけのお蔭というわけにはいかない。チリの財務省は称賛を集めたし、カナダも優れた金融規制策で評価が高い。オーストラリアも成長を維持し、先進国では四半期ベースでマイナス成長を経験しなかった唯一の国となった。つまり、一面的ではなく全面的な要因が働いた、ということだ。


インフレ目標は部分的な説明になるかもしれないが、他の経済制度もやはり説明要因となる。インフレ目標制度下の中央銀行だけでは、このように多岐に亘る経済変数に影響を与えることはできない。米国を除いたことも結果を少し偏向させただろう。主な教訓――結果を受け入れる前に、サンプルを見ることがとても重要。

このようにMostly EconomicsのAmol Agrawalは、この論文の実証結果に基づいてインフレ目標を称揚することには消極的である。ただし、その理由が、インフレ目標を採用している国はそもそも経済制度がきちんとしているから、としている点は見逃すべきではない。捉え方によっては、これは非採用国に対する痛烈な皮肉である。
なお、サンプルについて言えば、米国が抜けているほかに、日本が入っていることも(!?)非インフレ目標採用国にとって不利な結果に与って大きいことは想像に難くない。


参考までに、論文から最初の4枚の図(政策金利、実質政策金利、インフレ率[+デフレに陥る確率]、実質実効為替レートについてのインフレ目標採用国と非採用国の比較)を以下に引用しておく。