サミュエル・ボールズの闘い

サンタフェ・リポーターという地方紙の記事で、経済学者サミュエル・ボールズ取り上げられているEconomist's View経由)。


以下はその前半部から、ボールズの経済学の沿革紹介部分を拙訳。

ボールズの進路は1968年に定まった。当時彼はハーバードの助教授で、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が、自分の社会正義運動の次なる段階への助言を求めて彼の学部にやってきた。
「我々は、自分たちが非常に苦労して学んだ経済学が、キング牧師が重要と見なす問題への回答を出すのに使えるということで有頂天になりました」とボールズはSFR(=サンタフェ・リポーター)に語った。「同時に我々は、ハーバードでPhDを取得したことが、そうした質問に答えるのにまったく役に立たないということにひどく憤慨しました。」


その年のキングの暗殺は、平等化運動を中断させた。


同じくその年に、ボールズの知的面での天敵であるミルトン・フリードマンが、失業の「自然」率という概念を打ち出した。その概念は今も連邦政府によって使われている。2006年に亡くなったフリードマンは、シカゴ大学の自由市場学派の父だった。フリードマンは、政府の介入が経済にとって益よりも害が大きいという考えを広めた。リチャードソン(ニューメキシコ州知事)が税金を低く抑えるという声明を(今年1月19日の州議会演説で)発表した時、彼の言葉は、フリードマンを受けて発展した経済学の一般常識を反映していたわけだ。


1968年当時、大部分の経済学者は不平等を「誰か別の人の問題」と考えていた、とボールズはSFRに言う。「実際、私は大学院課程で不平等について教えることを拒否されましたが、それは経済学ではない、というのが理由でした。」
しかし、常にそうだったわけではない。


「経済学理論の創始者たちは、ほぼどの男も――男しかいなかったのですが――階級間の所得分配の問題――彼らは階級という言葉を用いていました――は、国が成長するか否かについて理解する鍵だと考えていました」とボールズは語る。


ボールズが彼の職業の基本と見なすこと、即ち富の分配の問題を、フリードマン学派は地獄への道と見なしていた。


金融がうまく回っていた時代には、フリードマン学派が有利だった。今回の不況は、ボールズのような考え方の議論での形勢を有利に変化させた。


「昨年起こったことの後では、経済学者が自らをリベラルとか、あるいは社会主義的とさえ称することが、前より随分楽になりました。」とジョージ・ワシントン大学政治学准教授ヘンリー・ファレルはSFRに語った。「サム・ボールズは今も外聞を憚らず恐れを知らない急進派です。神よ彼を祝福したまえ。」


しかしファレルは、ボールズの急進主義が、彼が世間にあまり受け入れられなかった理由でもある、と言う。


だが今や、世間に受け入れられるのに困難を覚えているのは自由市場主義者の方だ。先月ニューヨーカーは、シカゴ学派内の脱落や「内紛」を描写した*1。自由市場派のヒーローたるアラン・グリーンスパンFRB議長ですら、自分の世界観が誤っていたことを認めた。


ボールズはこの危機が彼に機会を提供していることを良く認識している。「シカゴ学派がロープ際に追い詰められたということだけではありません。人々は自分より所得の低い人に、前よりも深い同情を寄せるようになりました」とボールズは言う。「そうした姿勢、『ああ、自分がそうした立場になっていたかもしれない』という考えは、大恐慌がかつて我々に教えたものです。」


同情は好況期に忘れられる。しかし、今日の困難な時期のお蔭で、「それは勢いを取り戻しました」とボールズは言う。


それと共に、ファレルが「サンタフェ流経済学アプローチ」と呼ぶものの影響力も増しているのかもしれない。


昨年、インディアナ大学教授のエリノア・オストロムが女性として初めてノーベル経済学賞を受賞した。「彼女はどう見ても決して急進派ではありませんが、使う手法や取り組む問題という点では、誰よりもボールズに近い。彼女は、ボールズを頻繁に引用し、その影響を確かに受けた過去20年間で唯一のノーベル賞経済学者でしょう。」とファレルは言う。


オストロムもその評価を否定しない。「私はサミュエル・ボールズを大いに尊敬しています」と彼女はSFR宛ての電子メールに書いた。「彼の門下生の何人かとも仕事しましたが、彼らは非常に優れた実証研究を行ないました。」


もしボールズが学者間で支持者を集めているというならば、実務者も彼から学ばねばなるまい。


ということで、以下では、平易な英語で、ボールズの基本的な考え方の意味を解説する。米国とニューメキシコ州は、富の分配ということを学ばない限り、遅れを取り続けることになるだろう。




[2010/5/11修正]サンタフェ・リポーター紙の記事URL変更を反映。

*1:cf. これ