Econospeakでピーター・ドーマン(Peter Dorman)が表題(「The Basic Economics of Carbon Permits versus Carbon Taxes」)のScribdを公開した*1ので、以下に拙訳で紹介する。
多分幾つかの簡単な図が、排出量取引と炭素税を巡る議論を覆っている混乱の霧を貫いてくれるだろう。もしかしたら駄目かもしれないが、とにかく以下の通り試してみる。
最初の図は、炭素排出量(主に化石燃料)に関する非常に単純化された需要曲線だ。ここでは、我々がその形状を正確に知っているものとして描いている。
我々は高い炭素排出量Q1と低い価格P1から出発する。目標は炭素排出量を低い水準Q2まで落とすことだ。方法は2つある。一つは排出量取引を導入し、キャップの合計をQ2とすること。排出量の制約は、需要Dと相俟って、炭素価格をP2まで押し上げる。そのことは排出権が売却されるか無償配布されるかには関係ない。排出量の希少性が価値を高めるのだ。
2番目の方法は、炭素税の導入だ。炭素価格がP2となるくらい税金を高く設定すれば、やはり排出量はQ2になる。
この単純化された世界では、炭素へのキャップと炭素税の各々が、価格と排出量に及ぼす影響に差はない。どちらを選ぶかは、都合の問題に過ぎない。
ここで不確実性を導入しよう。我々は、炭素排出量の需要曲線の形状を実は良く知らない。特に当初のQ1とP1のポイントから離れるほど不確実性は増す。この問題に関する実証研究は数多く存在し、不確実性が大きいことは分かっている。次の図はそれを表している。
紫の影の領域は需要曲線のあり得る範囲を示している。現時点の位置から離れるほど、範囲は広がる。炭素のキャップをQ2に設定した場合、炭素価格がどの程度の水準になるかは我々は良く分からない。
税金を設定する場合は、以下のような状況に直面する。
炭素価格がP2となるように税金を設定した場合、炭素排出量が正確にどれくらいになるかは分からない。
不確実な世界では、税金とキャップの間の選択は、どちらの不確実性をより問題視するかで決まる。多くの経済学者は、高価格が消費を抑える程度を低く見積もりすぎることによる過大な経済的負担を恐れている。もしそれが主たる懸念ならば、税金を選択すべきだろう。そうすればほぼ確実に価格を特定できるからだ(価格シーリングとキャップの組み合わせもほぼ同じだ。シーリングに達した場合、税金と同じ働きをするので)。
半面、もし炭素消費を十分に抑えられず、子供や孫に破局的で制御不能な気象変動が訪れることが最大の懸念だとしよう。その場合は、目標排出量を保証するキャップを選択し、価格は市場に任せることになる。
この区別は、炭素排出政策を議論する者は誰でもきちんとわきまえておく必要がある。
さらに次のような問題もある:消費者同士の相互作用の効果により、複数均衡が存在する場合だ。私は経済的行動の多くは社会的規範に左右されると考えているので、こうしたことが必然的に起きるものと考えている*2。例えば、ビジネスの会議のために飛行機を利用する場合と、ビデオ会議を利用する場合を考えてみよう。今日の社会的規範では、顔を合わせることが大事だと考えられている。ビデオ会議は、「安価で」「制約がある」妥協策、というわけだ。もしあなたの会社、ないしあなたの主催する会議だけがビデオに切り替えたら、あなたの評判は悪くなるだろう。しかし、もし一定数の会議が切り替わり、ビデオ会議が新たな規範となれば、会議のために飛行機に乗るなど贅沢な浪費で余程の場合でない限りとんでもない、ということになる。これが「ティッピング・ポイント」ストーリーであり、相互作用的な行動モデルの特徴である。
不確実性の無い世界において、そうした相互作用が一種類だけ存在するものとしよう。その場合、炭素キャップによって行動が変化することにより、図は次のようになる。
キャップが低められるに連れ、価格はティッピング・ポイントに達するまで上昇する。そこで価格は一挙に下落するが、さらに需要を低めると、今度は曲線の左側に沿って再び上昇し、最終的にはP2に到達する(技術的注意点:これが複数均衡モデルと呼ばれるのは、左半分と右半分を貫くように描いた供給曲線が需要曲線と2回交わるからである)。
今度は、税金を上げていった場合にどうなるか見てみよう。
税金がティッピング・ポイントまで上げられると、需要は目標を超えて大きく落ち込んでしまう。従って、需要がQ2に戻るまで税金を低くする、という最終ステップが必要になる。
この単純な話では、税金とキャップには2つの大きな違いがある。第一に、この複数均衡の例で税金を使うと、行き過ぎ、即ち必要以上の経済的コストが発生してしまう。第二に、最終ステップでの税金の軽減は、政策として慎重に実施しなければならない。それに対し、キャップに対する価格の反応は、市場の通常の働きに任せていれば良かった。私に言わせれば、この点は大いなる欠点である。税金の効き目が現れ始めた際に、早く下げ過ぎるリスクがあるからだ。実際の世界は相互作用(とそれに伴う複数均衡)と不確実性の両方があることに注意しよう。誰も税金をいつ下げるべきか確実には知らないし、しかも、制度導入の初日から炭素税を低くするか撤廃しようとする強力なロビー活動が始まるだろう。
複数均衡の図の解釈について最後に一言。この図は、インフラ投資が需要に与える影響についての描写にもなっている。ただし、有権者のそういった投資への支持を「内生化」した場合だが。つまり、大量輸送機関やその他の需要構造を変化させるための投資に多額のカネが注ぎ込まれる以前に、まず炭素価格が十分に上昇すべきだと考えるならば、基本的には同じ図になるということだ。
ということは、(シェレンバーガー[Schellenberger]とノードハウス[Nordhaus]のような*3)キャップも税金も本当には必要ではなく、投資自体を政策目標とすべきなのだ、という議論に関する手軽な図解も手元にあることになる。その議論は、需要曲線の右半分から左半分に移ることが重要なのだ、という点において正しい。ただ、その議論は、それ以外にさらに2つの条件も前提としている。一つはそうした投資が炭素価格の上昇なしに起きること、もう一つはQ2への到達に際し新規の需要部門への後押しが一切必要ない、という2点である。(つまり、必要なのはインフラと研究開発への投資を通じたマクロ的な調整だけであり、それ以上の行動の変化は必要ない、ということだ。) そうした前提条件はどの程度現実味があるだろうか?