「あなたはモラルハザードの定義そのものだ」

‘You Are the Definition of a Moral Hazard’――何だか「あなたは疑惑の総合商社だ」という発言を連想させるが、バーナンキに対してジム・バニング上院議員が、12/3の米上院銀行委員会の承認公聴会の席上でそう言い放ったという。さらにバーナンキの再任を阻止するために何でもすると息巻いたらしいが、幸いにも彼の努力空しく、取りあえず12/17の同委員会でバーナンキの再任は承認された。上院本会議での承認決議は来年に入ってからになるとのことである。


そんな中、12/13付けワシントンポストでは、バーナンキの功罪を論じたブルッキングス研究所のダグラス・エリオット*1の論説を紹介している。エリオットのその12/11付け小論のタイトルは、「上院議員の皆様、好きなだけバーナンキを叩いて良いから、とにかく再任してください(Beat up Bernanke if You Want, Senators, but Please Reconfirm Him)」という皮肉っぽいものになっており、彼のバーナンキへのやや消極的な支持を表している。


エリオットによるバーナンキの功罪とは以下の通り。


まずは罪から。

  • バブル
    • バブル生成の過程で金利を上げるべきだったか否かは、一流の経済学者の間でも意見が分かれている。しかし、規制という手段を用いた経済への警告はできたはずだし、バブル崩壊後のコンティンジェンシープランを内部的に用意していれば、より迅速で一貫した対応ができたのではないか。
  • 銀行の監督
    • FRBは主要銀行の親会社すべてを監督下に置いているし、中小銀行の多くを直接監督している。それにも関わらず、それらの金融機関のトラブルを察知できず、察知した場合も早急で効果的な是正措置を取らなかった。
  • 消費者保護
    • マーケティングを間違えている商品や、過度にリスクの高い商品から消費者を保護できなかった。FRBは悪質なサブプライムローンに対し措置を取る権限を有していたが、適時に行使しなかった。
  • 金融機関の救済、特にAIGの救済
    • 税金で金融機関を救済することへの国民の怒りは、その一翼を担ったFRBにも向けられた。
    • ただし(エリオットは)個人的には救済は必要な措置であったと考え、FRBの失敗とは見なしていない――細部には確かに誤りがあっただろうが。
  • 縄張り争い
    • 政権と議会が規制の構造改革を目指す中で、FRBは他の金融規制当局との縄張り争いを演じた。現在は戦時に等しい状況であり、政策当局者は国益に専念すべき。
    • 多少の保身動機が背後にあったことが疑われる。もしそうならば、他の罪ほど重くないにせよ、罪としてカウントすべき。
  • インフレ
    • (これもエリオットは同意していないが)一部の上院議員は、FRBの過剰緩和で将来の深刻なインフレの種が撒かれたと考えている。


次いで功。

  • 世界を救った
    • もっとひどくなる可能性があったが、一連の非伝統的な前例の無い大胆かつ知的な政策でそれを回避した。
  • 彼だけの過ちではない;彼ならではの大胆さ
    • バーナンキFRBが経済運営と銀行監督と消費者保護で犯した過ちは、彼らだけのものではなく、政策当局の多くで見られた。その反面、2008年10月以降の大胆かつ素晴らしい緊急対策は、彼とその周辺のものと言って良い。
  • 金融経済危機の知識
    • 大恐慌の当代随一の専門家でなければ、昨年10月以降にあれほど大胆な政策は取らなかったかもしれない。これからの4年間でも、まさにその資質が要求される。例えば、1937年にFRBが金融支援を早く引き上げすぎたことが、大恐慌の深刻な二番底につながったことを指摘したのは彼だった。
  • 出口戦略
    • 事態の進展に応じたスピード調整が必要になる。特に信用緩和は、引き上げが早すぎれば経済への悪影響を与えるし、遅すぎれば政府の関与が恒久的なものになってしまう。バーナンキはそうしたプログラムを知悉しており、誰か新しい人よりはうまく対処できるだろう。
  • 渡河途中で馬を代えるな
    • 馬の乗り手がそもそも河を渡る羽目に陥る問題を作り出すのに関与したということはあるにせよ、リンカーン南北戦争中に自らの再選を訴えたこの言葉は有効*2。議長が交代した場合には、様子見のため、企業が投資や雇用を控えたり、投資家が米国資産を手放したりするかもしれない。また、新議長がより政府に従属的になり、インフレ政策に傾くのではないかという世界の懸念もある。
  • 人格
    • バーナンキが公僕としての立場に徹していることは評価してよい。これまで存在していたであろうウォール街への転身の誘惑を避け、学界と公職でほぼ全キャリアを過ごしてきたことは、富と権力が彼の野心の動機になっていないことを示唆している。また、FRBを議長の権力で支配し、政治家の介入を避けるため決定を不透明にしておくのではなく、平等で透明なFRBを作り上げるために大きな努力を払ってきた。


この功罪を比較すれば、功の方が勝っており、上院は再任すべき、というのがエリオットの見解である。


なお、バニング上院議員は書面でバーナンキに質問を投げ掛け、その回答をHPで公開した。米ブログ界ではCalculated RiskNaked Capitalismがそれを取り上げている。
ただ、それよりもブログ界の注目を集めたのは、デビッド・ビッター上院議員バーナンキへの質問とその回答である(WSJ記事Economist's View経由)。ビッターは、自分の質問だけでなく、WSJが3日の公聴会の前に経済学者に取材して集めた質問も併せて投げ掛けたのだが、特にその中のインフレ目標に関するデロングの質問への回答が一部で反発を招いた。学者時代はインフレ目標設定に積極的だったはずのバーナンキが、これまでインフレ期待は安定していたのだから、寝た子を起こすような真似をすべきでない、という主旨の回答をしたからである。
当然のごとくサムナーは大いに反発し、もはやFRBの声明と日銀の声明は区別がつかないではないか、と皮肉っているクルーグマンFree exchange経由でこの話題を取り上げバーナンキは(大恐慌時にインフレを恐れてデフレに対し手を拱いていたイングランド銀行総裁の)モンタギュー・ノーマンになってしまった、と嘆いている。ただ、当のデロングの反応は意外にあっさりしており、他ブログの反応を紹介してそれにコメントを添えるに留まっている(例えばFree exchangeの紹介では、昔のバーナンキならばインフレ目標を主唱していただろうに、とコメントしている。また、ベックワースのエントリの紹介では地区連銀総裁を最低6人クビにし、FOMCの構成を変えるべきかも、とコメントしている。さらに、インフレが止められなくなることへの恐れをかっぱえびせんプリングルズレイズに喩えたWill Wikinsonの紹介では、「ノアの洪水のさなかに『火事だ、火事だ』と叫ぶ」というホートリーの比喩を引用している)。また、タイラー・コーエンは、この回答はバーナンキが再任を意識したもので、彼の見解を反映しているわけではないだろう、と推測している

*1:cf. ここバーナンキ支持派として紹介。

*2:ブッシュも使ったそうだが