ブロダ=ワインシュタイン論文とその後の財政推移

少し前に、ブロダ=ワインシュタイン論文「Happy News from the Dismal Science: Reassessing the Japanese Fiscal Policy and Sustainability(Christian Broda, David E. Weinstein)」というものが話題になった。日本語に訳されたものが「ポスト平成不況の日本経済―政策志向アプローチによる分析」に収録されているが、ワーキングペーパーもまだネット上で読める。また、bewaadさんによるまとめもあるほか、土居丈朗氏による再検証もネット上で読める


その論文で印象的な図の一つが以下である。

この図についての論文による説明は、概略以下の通り。

SNAベースの公的需要(点線)は、91-96年は政府支出総額(太線)に追随して上昇したが、それ以降は横ばいになっている。96年以降の公共投資は過去に比べそれほど大きくないことを考え合わせると、世間知に反し、96年以降の政府支出増大は公共投資によるものではないことが分かる。
SNAベースの公的需要に含まれない財政支出は、利払いと移転支出である。実際、政府支出から利払い費と高齢者向け支出を差し引くと(細線)、SNAの公的需要と概ね一致する。よって、96年以降の政府支出とSNA公的需要の増加の差は、高齢者への所得移転によるものと考えられる。
また、過去15年の高齢者への一人当たり所得移転を描画すると実質GDPに概ね追随しているので、高齢者への所得移転増の原因は、高齢者の人口増加であることが分かる。



論文の図は2000年までしか描画されていないので、その後の推移が知りたいところである。特に、周知の通り、その後も高齢化は容赦なく進展しているので、一般政府支出とSNAの公的需要の差はさらに広がっているのではないか、と推測される。


しかし、実際に描画してみると…


意外にもそれほど広がっていない*1


両者の差を棒グラフにすると以下の通り*2

2001年以降は、2005年を除いて14%台に収まっている。


ちなみに、国民経済計算平成19年確報(7)一般政府の目的別支出のうち、名目GDPにカウントされる政府の最終消費支出、総固定資本形成、在庫品増加の3項目を除いた項目、即ち、補助金、現物社会移転以外の社会給付、その他の経常移転、資本移転を足し合わせると、かなり大まかにではあるが、両者の差分を再現することができる(ただしこちらは年度ベース)*3。その積み上げ棒グラフの時系列推移は下記の通り。



これを見ると、今世紀に入って年金などの社会給付の伸びが鈍ったこともさることながら、資本移転が減少していることが分かる。この大和総研のレポートでは、小泉政権下での特殊法人改革の成果により、そういった移転項目が圧縮されたのではないかと推測している。


ただ、上のOECDの予測部分を見るまでもなく、今年以降しばらくは財政支出の拡大は避けられそうにない。民主党は「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げているが、それがこうしたSNA項目と非SNA項目の推移にどのような影響を与えるか、興味が持たれるところである。

*1:SNAの公的需要は名目暦年のSNA表より、政府最終消費支出と公的固定資本形成と公的在庫品増加の合計としてGDP比を計算。一般政府支出のGDP比は、OECD Economic Outlookのデータを使用。ただしその際、直近のNo. 86, November 2009データは1992年以降しかデータが存在しない(OECD.StatExtractsにはそもそも該当項目が公開されていない)ので、findarticlesサイト経由で、1985-1991年はNo. 72, December 2002、1983-1984年はNo. 66, December 1999のデータを用いた(ただし版によって値が変化していたので、それぞれ1992年、1985年のデータが一致するように調整して接続した)。また、1980年はCESifoサイトのデータを(December 1999版と同様の調整を行なって)用い、1981-1982年は線形補間した。なお、1998年の値は、November 2009版では突出しているが、December 2002版では調整されている(cf. 図の点線)。December 2002版の注釈によると、「The 1998 outlays would be 5.2 percentage points of GDP higher if account were taken of the assumption by the central government of the debt of the Japan Railway Settlement Corporation and the National Forest Special Account.」とのことである。一方、ここの注によると、No.84, November 2008以降はそうした特殊要因の調整をやめたとのことである。なお、そうした特殊要因については、日本語のサイトではたとえばここここに説明がある。

*2:1998年の政府支出総額は点線の値を採用した。

*3:一般政府支出の厳密な定義はたとえばここ参照。