インフレについての6つの考え

マンキューがNBERコンファレンスで明らかにした。以下はその概要。

  1. フィリップス曲線は厳然として存在する
    • インフレと失業率の無条件の関係としてはもはや存在しないが、条件付きの関係としては存在する。
      • 金融ショック、ないし総需要ショックは、インフレと失業率を短期的に逆方向に動かす。これを短期のフィリップス曲線と定義すると、これから逃れることはできない。
  2. しかしフィリップス曲線は実務的に有用なツールではない
    • フィリップス曲線はマクロ経済理論の重要な部品、という点については断固として擁護するが、実務的なツールとしてはさほど重視していない。
      • NAIRUの推計は信頼区間があまりにも大きい。
      • フィリップス曲線が軌道から外れるたびに研究者は新たな定式化を提案してきたが、それはあまりにも頻繁に起きており、聖杯探しに似た状況になっている。
        • 失業率よりもフィリップス曲線の当てはまりの良い経済のスラックの指標を研究者は探し求めてきたが、最終的な成功を収めていない。予想インフレや供給ショックについても同様。
  3. 供給と需要をリアルタイムに分離するのはほぼ不可能
    • 理由は、自然失業率を正確に把握できないため。
    • 後知恵でも難しいのに、データが揃っていないリアルタイムではまず無理。しかし政策担当者はリアルタイムに対応する必要がある。
    • 予想が重要な役割を果たしていることが、事態をさらに難しくしている。
    • 2022年のインフレは良い例だった。原因はコロナ禍に関連した供給網の混乱だったのか、失業率がNAIRUを下回ったことによる需要の過剰だったか、あまりにも長く緩和的だった金融財政政策に予想が反応したためか、いずれの可能性もある。最も可能性が高いのは、その3つの組み合わせだったが、ウエイトは分からない、というもの。
  4. 経済学者はカルボの呪縛から逃れるべき
    • カルボモデルは価格設定についての洗練された理論であり、自分も洗練さは大いに評価する。しかしそのインフレ動学はデータと合わない。
      • 金融ショックはラグをもって実体経済活動に影響し、インフレにはさらに長いラグをもって影響する。しかしカルボモデルではインフレは素早く調整する。そのため研究者は、一部の価格が過去のインフレに自動的に連動する、といったアドホックな修正でモデルを補完している。
    • 実証的により尤もらしいインフレ動学を提示する価格設定モデルは、カルボモデルとは違う予想を使っている。
      • カルボモデルは将来のインフレについての現在の予想を使っているが、それらのモデルは現在のインフレについての過去の予想を使っている。
    • あるいはフィリップス曲線の正しい変数は、予想インフレではなくインフレのノルムなのではないか。
  5. 貨幣集計量はもっと注目されてよい
    • 2022年のインフレ高騰を予測したシーゲルの成功を見よ*1
    • 複雑な金融システムの中で貨幣集計量の測定は難しく、また、最近では(少なくとも今回の高騰より前は)貨幣集計量はインフレを上手く予測していない、という批判はいずれも当たっている。しかしフィリップス曲線も予測の成績は同様に悪いが、人々はそれに注目し続けている。
    • 中銀は貨幣集計量について語るのをやめた、と指摘する人もいるが、おそらく彼らはもっと語るべきなのだろう。いずれにせよ、金融経済学者は中銀に範を求めるべきではない。それは、最適税制の研究者が連邦下院の歳入委員会の言辞に制約されるべきではないのと同様。
  6. 2%インフレ目標は2.0%インフレ目標よりも良い
    • インフレ目標を4%に引き上げてゼロ金利制約の束縛の頻度を下げよ、という議論もあるが、それについては自分は態度を決めかねているため、ここでは取り上げない。
    • それよりも、中銀は自らのインフレ制御の精度が低いことを認めるべき。彼らは恰も2.000%インフレを目標としているかのように語る時があるが、1.6%でも四捨五入で2%になるので、満足すべき。今のインフレとの戦いにおいては、2.5%にインフレが戻れば勝利宣言してよい。
    • あるいはFRBは、1-3%のようなレンジ目標に移行すべきかも。