今の景気回復は想像の産物?

というロバート・シラーNYT論説に対し、The Big Picureのバリー・リソルツが異を唱えている(Economist's View経由)。


シラーは次のように書いている。

Beyond fiscal stimulus and government bailouts, the economic recovery that appears under way may be based on little more than self-fulfilling prophecy.


Consider this possibility: after all these months, people start to think it’s time for the recession to end. The very thought begins to renew confidence, and some people start spending again — in turn, generating visible signs of recovery. This may seem absurd, and is rarely mentioned as an explanation for mass behavior late in a recession, but economic theorists have long been fascinated by such a possibility.

(拙訳)
今の回復していると思しき景気は、財政刺激策や政府による救済よりも、自己実現的な予言に基づいているに過ぎないのかもしれない。


こうした可能性が考えられないだろうか:これだけ月数が経過したのだから、人々が不況は終わっても良い頃だと思い始める。その思い自体が経済への信頼を高め、一部の人々は支出を始める。それがまた景気回復のサインとして現れる。これは馬鹿げたことに思われるかもしれないし、不況末期の人々の行動の説明に使われることもまず無いが、経済理論家たちはこうした可能性に長いこと魅せられてきた。


これに対し、リソルツは以下の10項目を今回の不況における消費者の行動の説明要因として挙げ、単に心情の産物という見方に反論している。

  1. 時間
    • 戦後の典型的な不況の持続期間は8ヶ月であり、数年ではない。我々は今23ヶ月目にいる。人々が過去の経験から不況末期だと思うとしたら、それは2008年8月頃だったはずだ。
       
  2. 完全な非合理ではない
    • 自分の経済学に対する不満の一つは、人々を合理的で感情を持たない存在に誇張して仮定することだ。しかし、いったん感情を取り入れるとなると、経済学は逆方向に同じ過ちを犯しているように思われる。つまり、人々はお馬鹿で思考能力を持たず、合理的思考が一切できない、感情だけで動く完全に非合理的な存在と仮定しているようだ。
    • しかし、現実はまったく違う。人々が行動する際、問題を見い出してそれに対し知的に反応することもある。経済人属(Homo Economicus)が実際には存在しないのと同様、愚人属(Homo Idiotus)も存在しない。
       
  3. 失業への健全な恐れ
    • 従業者は同僚の解雇が増えているのを見ると支出に注意深くなる。これは収入を失う可能性の増大を前にした合理的な行動である。大規模な解雇が報道されている現状では、このことは近い将来も変化しそうにない。それは心情面の問題ではなく、環境の変化に対する合理的反応ではないか?
       
  4. 資産デフレ
    • 消費者は自分の資産の大きな部分(住宅、株式)の価値が大きく減少するのを見ると、支出を減らす。これも心情面の問題ではなく、環境の変化に対する合理的反応ではないか?
       
  5. 誤った信頼システム
    • 今年初めには、ダウは6ヶ月で5000ポイントも下がった。我々の文化の集団的過誤の一つは、市場が何らかの明敏な予測機械だという妄想だ。実際には、市場は、1000万のパニクった猿の集団的知恵に過ぎない。何百万もの少しばかし賢いパンツをはいた霊長類が、その集団的無知、知的弱点、偏見、間違った信念を組み合わせれば、知性らしきものになる、というのはこの時代における誤った信頼の一つだ。不幸にも、そうした状況は、この猿が陥りやすいところである(魔女狩り瀉血、組織宗教、等々)。
    • これは集団的なネガティブな心情によるものではなく、誤った信頼システムが社会を支配するとどうなるかという例であることは銘記すべき。
       
  6. 破滅的予言が意味を持ち始めた
    • 破滅論者たちは、来るべき黙示録的状況を何年も警告してきた。そうしたカサンドラには、ジェレミー・グランサム、ジェームズ・グラント、スティーブ・ローチ、ヌリエル・ルービニ、ロバート・プレクター、マーク・ファーバー(そして私)がいる。
    • 2008年にそれらの予言が力を持ち始めたのは、人々が政治家が思うほど馬鹿ではないためだろう。自分の目で経済の衰退を見て、そうした警告が以前ほど無意味なものには見えなくなったのだ。
       
  7. 増えない収入への反応
    • 過去10年の間、自分たちの収入が増えていない、もしくは減っていることに家計は気付いた。その一方、支出は増えている。この認識に基づく合理的行動は何か? (新車、より大きな家、新しい休暇が選択肢に無いことは間違いなかろう)
       
  8. 洞穴から出る時
    • 10ヶ月前、人々は経済が終末を迎えるものと覚悟していた。経済はきりもみ状態に陥り、消費は冷え込み、支出は大きく減った。しかしきりもみ状態は終わり、不況が終わったかどうかには議論の余地はあるものの、多くの人々が大不況が2009年の春頃に終わったと考えている。
    • 米国の消費者は、もはやヘッドライトに照らされた鹿のように凍り付いてはいない。それも心情面の問題ではなく、氷が解けたという現実の環境の問題ではないか?
       
  9. チアリーダーは今は馬鹿に見える
  10. レバレッジ
    • この不況が深く長かった理由が、人々や金融機関による過剰なレバレッジにあったことを我々は知っている。それを元に戻すデレバレッジは長く緩やかな過程であった。デレバレッジは合理的で知的な行動であり、家計がバランスシートを修復する手段である。呪うべきは節約の誤謬である。


また、Economist's ViewのMark Thomaは次のようにコメントしている。

  • 自分はかねて実体経済が集団心理を規定するのであり、その逆ではないと信じてきた。心理はフィードバックによって効果を強めたりすることはあっても、実際に経済を動かす主要要因になることは無いと考えてきた。
  • しかし、今回の危機でその考えも見直さなくてはならないかもしれない。というのは、一つには自分の信念の基盤となってきた現代マクロ経済学が今や疑問視されているからであり、もう一つは、そうした心理面での説明を推し進めているのがバブルを予言したシラーだからである。まだ半信半疑ではあるが。

*1:語源についてはここ参照。