行動経済学の陥穽

ティム・ハーフォードが面白い話を紹介している


行動経済学でよく出てくる実験に、「最後通牒(最終提案;ultimatum)」ゲームというのがある。このゲームでは、被験者Aが10ドルを渡され、別の被験者Bにいくら渡すか尋ねられる。もしBがその分け前を受け取れば良し、そうでなければ両者とも何も貰えない、というゲームである。もし両者が合理的経済人ならば、AはBに1セント渡し、Bはそれを(ゼロよりましなので)受け取る。しかし、実際の実験ではそうはならない。

また、その派生としてJack Knetsch、ダニエル・カーネマンリチャード・セイラーが導入した「独裁者(dictator)」ゲームでは、Aが決めた分け前をBは拒否できない。その場合でも、多くの場合、Aは2〜3ドルをBに渡す。
もう一つの派生ゲームである「ギフト交換(gift exchange)」では、BがAに渡すことでスタートし、Aがお返しにいくら渡すかを決める。


いずれのゲームの結果も、一貫して人々の公平志向を示すことが分かっている。被験者は必要以上に相手に与え、不公平な申し出は拒否し、気前の良い申し出には気前良く応じる。この結果は、20年以上にわたり、行動経済学の従来の経済学に対する異議申し立ての一つの拠り所になってきた。


しかし、ジョン・リストという経済学者が、実験の設定を少し変えると結果ががらりと変わることを示したという。
たとえば「独裁者」ゲームで、被験者Aに、10ドルを被験者2人の間で分割することに加えて、Bから奪うという選択肢を与える。この選択肢は結果に影響を及ぼさないはずである。というのは、大抵の場合、AはBに分け前を与えるのであるから、Bから盗るということにはならないはずである。しかし実際には、この選択肢が与えられると、Bに分け前を与えるAは非常に少なくなり、5人に1人はBから奪うことを選択したという。ただし、Bが稼いで得たお金という知識をAに与えた場合、AがBから奪うケースは劇的に減ったとのことである。リストがここで示したのは、実験のちょっとした設定の変更によって、被験者を寛大にも吝嗇にもできるということである。


リストが自分のベストと誇る別の実験では、「ギフト交換」ゲームを野球カード交換で実施した。もし被験者が、これは実験だと知っている場合は、従来の結果と同じになる。しかし、被験者が実験だと知らされていない場合には、はるかに利己的な行動を取ったという。


こうしたリストの実験結果が示しているのは、合理的選択理論の復権ではなく、心理的要因が重要にしても、それは従来の行動経済学者や実験経済学者が考えているよりも非常に微妙で複雑なものだ、ということである。ただ、それは他の行動経済学者の名声を損なう内容でもあるため、リストはこの分野で最も嫌われている経済学者になっているとのことである。


なお、このリストの実験の話は、近刊の以下の本で紹介されているとの由。

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