コチャラコタのマクロ経済学に関する10の考察

米国でマクロ経済学を巡る論議が活発になっている。その台風の目となったのは、クルーグマンNYタイムズ記事(邦訳はこちら)だが、シカゴ大学のジョン・コクランがそれに感情的なまでに反発した反論を書いて、騒ぎがさらに大きくなった。

この論争に関連する記事へのリンクのまとめとしては、Economist's Viewのこのエントリが一番充実していると思われる。


そんな中、かつて経済学の科学と工学の2つの側面について優れた論文を書いたマンキューは、時折り他者の論説にリンクを張ったエントリを上げるのみで、意外なほど沈黙を守っている。ちなみに彼がクルーグマンの記事を紹介したエントリでは「Paul offers up a very nice essay explaining his view of the field」というコメントを添えており、シカゴ派の低評価とは一線を画している。


そのマンキューの最新のリンクエントリがこちらで、ナラヤナ・コチャラコタ(Narayana Kocherlakota)というミネソタ大教授の論考を紹介している。その論考でコチャラコタは、自分はこれまで、全米トップ17の経済学部に在籍している90年以降にPhDを取得したテニュアを持つマクロ経済学者(彼は実際にその学者をリストアップしている)のうち、約半数のテニュア取得に関与している、と前置きした上で、現在のマクロ経済学研究に関する以下の10個の考察を提示している。

  1. マクロ経済学者は異質性を無視していない。
    • 前述の全米トップ17の経済学部のリストにおいて、ほぼすべての学者(特に若い学者)が、むしろ異質性を扱う仕事を足掛かりに現在の地位を獲得している。
       
  2. マクロ経済学者は摩擦を無視していない。
    • 異質性は摩擦抜きでは面白くならないので、これは1.の論点の補完。
       
  3. マクロ経済モデルは限定合理性を無視していない。
    • 確かに完全合理性を仮定するモデルは多いが、そうでないモデルも多い。
       
  4. マクロ経済モデルは政府介入の余地を設けている。
    • 異質な主体と摩擦をモデルに取り入れると、必然的に政府介入も入ってくる。
       
  5. マクロ経済学者はカリブレーションも計量経済学も使う。
    • この件について方法論に関する論争は見られない。マクロ経済学の外野の人たちはカリブレーションがお嫌いなようだが、その理由は自分には分からない。
       
  6. 今や淡水/海水の分裂は存在しない。
    • 学者をどちらかに分類する明確な方法は存在しない。ただ、前述の全米トップ17の経済学部のリストでは、確かにミネソタペンシルベニアのPhDが多く、ハーバードのPhDが少ない。また、ハーバードやプリンストンでは、規模の割にテニュアを持つ若手研究者が驚くほど少ない。
       
  7. 研究者は経済ショックの原因よりも結果に興味を持っている。
    • それは1982-2007年の大平穏期に原因があるのかも。最近の出来事でまた優先順位が変わるかもしれない。
    • マクロ経済学ではほとんどすべての変数が内生変数なので、それらを動かすために外部からのショックを仮定しなくてはならない。その外生的ショックの仮定は、確かに自分から見ても非現実的で、単なる簡便法として用いられている面は否定できない*1
       
  8. マクロ経済モデルでの金融市場と銀行の扱いは粗略である。
    • 論点2で示したように、すべてのマクロ経済モデルが完全市場を仮定しているというのは正しくないが、現実の複雑さ(多数の金融商品、仲介者の存在)を反映しているとも言えない。そのため、日々(もしくは四半期ごとに)金融商品間で大きな配分変更が発生する理由や、そのコスト・ベネフィットを理解することができない。
    • 簡略化されている理由として考えられるのは
      1. そうした制度的な詳細は自らの関心事に関係ないとマクロ経済学者が信じている
      2. 数学的取り扱いが極めて難しい(次の論点9参照)
    • これについても最近の出来事で優先順位が変わるかもしれない。
       
  9. マクロ経済学は数学がほとんどすべてで、お話はほとんど無い。
    • マクロ経済学では直観の果たす役割は限られている。というのは、直観で捉えようとすると、モデルのせいぜい一本か二本の数式に焦点を当てることに終始しがちだが、そうすると、他の数式がもたらす打ち消し効果を見落とすことになりかねない。
    • イデアや直観を数学で定式化しなければならないことが、マクロ経済学が他の経済学者にすら誤解される大きな要因だろう。モデル化に際しては、現実世界の重要な特徴を省かねばならない。故意にそうすることもあるが、大抵は計算や概念上の制約のためである。ただ、リストに挙げた研究者の貢献もあり、その点では大きな進歩があった。
    • もちろん、やるべきことはまだまだたくさんある。最近の出来事は、間違いなく今後の方向性を指し示した。
       
  10. マクロの入門教科書はマクロ経済学を正しく解説していない。
    • リストに挙げた研究者は学部生向けの教科書を書いていない。それは仕方無いことなのかもしれないが、非専門家や他の分野の経済学者の誤解を招くことにつながってしまう。誰か才能ある書き手がすぐにでも書いて、現在の状況を修正してくれるとよいのだが!*2

*1:2009/9/19追記:ここでコチャラコタは、用いられている外生的ショックとして次のような例を挙げている。
最も有名なのは、多くのモデルが依存している、技術的フロンティアでの四半期ベースの大きな変動。他には休暇の限界効用への集団的ショック、(資産価格の高ボラティリティをもたらすための)資本ストックの減耗率への四半期ベースの大きなショック。

*2:この一文を読んだ時のマンキューの反応が知りたいところである。