12日のエントリで、ニューヨーカーでブログを書いているスロウィッキーの米国の銀行政策擁護論を取り上げ、その中でスロウィッキーと、The Baseline Scenarioのサイモン・ジョンソンとジェームズ・クワックの論争について触れた。そこでは両者間のIMFの数字を巡る論争のみを紹介したが、論点はそれだけではなく、他に2点あった。
この論争は、(少なくとも現時点では)The Baseline Scenarioにおけるクワックのスロウィッキーに対する反論と、そのエントリへのスロウィッキーのコメントで話が終息しているので、以下にその内容を紹介してみる(なお、クワックはスロウィッキーが提示したのと逆順に論点を整理しているので、ここではそのクワックの順番に従って紹介する)。
- ●論点1
- スロウィッキー: ジョンソンとクワックは、IMFの推計における全世界の金融機関全体の損失額4.1兆ドルを、米銀行の損失と受け取られる形で引用した。実際の米銀行の損失は1.1兆ドル。
12日エントリに書いた通り、これについてはクワックは率直に誤りを認めている。ただ、これに関連して、クワックは米財務省&FRBのストレステストの結果に矛先を向けており、そちらがむしろこのエントリでは論点になっている。つまり:
- ●論点1a
- クワック: スロウィッキーはストレステストを擁護する姿勢を見せているが、そこでのFRBの推計は甘すぎるのではないか?
スロウィッキーが8日エントリ(小生の12日エントリでも紹介)に書いたように、IMFとFRBの算出した米銀行の必要資本額は整合的と言えるかもしれない。しかし、そもそもIMFの推計は通常の経済予測に基づいていたのに対し、FRBは悪いシナリオをベースにしていたのではないか? 両者が整合的ならば、FRBのシナリオはそもそもの目的を果たしていないのではないか? …というのがクワックの論点である。
また、自己資本比率の分母としてIMFは有形資産を使っているが、ストレステストはリスク加重資産を使っていることにも疑問を呈している。通常は前者の方が大きいので、結果的にストレステストの合格点が低くなっている、と彼は指摘する。
さらに追記では、分子の自己資本の違いも槍玉に上げている。IMFでは有形普通株式株主資本(TCE)を使っているが、ストレステストではTier1資本を使っている。加えてクワックの11日エントリでは、これは財務省が合格点を下げるためにわざとそうしたのではないか、というフェリックス・サーモンの見方を紹介している。
これについてスロウィッキーは、コメントで、分子が同じで分母がストレステストの方が小さいならば、ストレステストの方が要求する自己資本比率が高いと言えるのではないか、と指摘している。ただ、実際には追記でクワックが書いたように分子も違うので、この指摘は成立していない。しかも、IMFのTable1.4(cf.小生の5/13エントリ)ではTier1/RWA比率とTCE/TA比率が並記されているが、常に前者が後者を上回っている。つまり同じ4%や6%の自己資本比率と言っても、ストレステストの方が達成しやすくなっているわけだ*1。従って、この論点についてはクワックの方に分があると言える。
- ●論点2
- スロウィッキー: ジョンソンとクワックは銀行の国有化を本来の手段と位置づけているが、過去30年の2度の金融危機(80年代初頭と90年代初頭)を米国は、銀行を国有化することなく、今回と同様の手段(金利引き下げと監督当局の自制)によって、日本型不況に陥ることなく切り抜けてきた。
クワックはこれについて、スロウィッキーの歴史認識はどうなっているのだ、S&Lの監督を「自制」した結果、事態はどんどん悪化し、最終的にはRTCが支払い不能に陥ったS&Lや銀行の資産を引き取る羽目になったではないか、と反論している。
それに対しスロウィッキーは、コメント欄で、彼の念頭にあったのはS&L危機ではなく、80年代と90年代の2回の中南米危機だったのだ、と述べている。そして、「自制」というのは国有化の自制のことで、実際、いずれのケースでも、ブレイディ・プランのような政府援助はあったが、銀行は自力で比較的短期間に立ち直り、日本型不況を引き起こすこともなかったではないか、と書いている。
ちなみにクワックの挙げたS&L危機についてスロウィッキーは、そもそも彼らにはまともなビジネスモデルが無かったのだから、そうした場合の監督を自制すべきではないのはもちろんだ、と述べている。
- ●論点3
- スロウィッキー: ジョンソンとクワックは銀行の国有化という言葉が良くない、国有化というと長期間にわたって政府が銀行を所有するイメージがあるが、実際には短期間で民間に売却するのだ、と書いている。しかし論者の意図とは関係なく、政府の所有は数年に亘る可能性が高い。1984年に国有化されたコンチネンタル・イリノイ銀行の場合は、政府が7年間所有していた。
政府による銀行所有のメリットは、他と交渉することなくバランスシートを綺麗にできることなのだ、とクワックは強調する。従って、バランスシートを綺麗にしたら、政府保有株式は速やかに独立の信託委員会の手に委ね、政府はその後の銀行の運営に嘴をはさまない。そして、時期を見て株式を民間に売却する。従って、最終的に株式を手放すまでの時間が多少かかったとしても、経営の独立性は保たれる、というのがクワックの反論である。
実際、AIGの株式の過半を政府が所有しているが、それらの株式は政府からもFRBからも独立した3つの信託に預けられているため、AIGを相手に政府は他の民間金融機関と同様に交渉しなくてはならない、とクワックは例を挙げて指摘する。また、逆に、株式を持っていない金融機関について(BoAにメリルリンチを買わせたときのように)政府とFRBが圧力をかけ得る場合もある、とも述べている。