ラトビアの井上準之助

少し前にクルーグマンが、ラトビアは第二のアルゼンチンになるのではないか、という懸念を表明した。現在ラトビアは、通貨切り下げを拒否し、緊縮政策で危機を乗り切ろうとしているが、アルゼンチンの二の舞になるのではないか、という懸念である(周知の通り、アルゼンチンは通貨のドルへのペッグを続けた挙句に2002年に経済が破綻してしまった。その後、変動相場制に戻り、経済は回復した)。クルーグマンは、「歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目も悲劇として」とラトビア経済の破綻を予測している。


それに対し、IMFの担当者クリストフ・ローゼンバーグが反論している。ラトビアは通貨切り下げでははなく、構造改革による要素価格の引き下げで危機を乗り切るべきだとし、そうすべき理由として以下の9つを挙げている。

  1. ラトビアの当局者が通貨切り下げを望んでいない。そのために、公務員の給与の4分の1をカットするなどして、予算を7%削った。
  2. 周囲の国への悪影響(contagion)の懸念*1
  3. EUや北欧の支持(アジア危機の際の邦銀のように見捨てることはしないだろう)*2
  4. 一度切り下げたら投機筋の攻撃に遭って、通貨防衛のための資金が結局もっと必要になる羽目に陥る。
  5. 通貨切り下げによるV字型の回復は金融へのショックをもたらすが、ラトビアにはその準備が出来ていない。U字型の要素価格調整型回復が望ましい。
  6. 通貨切り下げが輸出回復につながるかは疑わしい。ラトビアは小さな開放経済国であり、業者はバルト三国で同一のユーロ価格を設定して事業を営んでいることが多い。通貨切り下げは輸入物価に高い割合で転嫁される一方、実質為替レートへの影響は限られるだろう。輸出型経済への移行は構造改革を必要とするが、それはまさに今やろうとしていること。
  7. ラトビアの経済と労働市場は柔軟性に富んでいる。給与の4分の1をカットすると言っても、その前の2001-2007年には3倍(実質では2倍)に増えていた。また、通貨ペッグを維持したまま要素価格調整を行う、というのは、1998年のロシア危機の際に(状況は今とは違うが)経験済み。今はEUの労働市場も冷え込んでいるので、労働者の海外流出も限られるだろう。
  8. 緊縮財政には過去にも他国で成功の歴史があり、通貨ペッグを損なうことは無い。
  9. ラトビアには明確な出口戦略がある:すなわちユーロ。当局者は2012年にはマーストリヒト基準をクリアする決意を固めている。


こうした緊縮財政とユーロへのこだわりは、アルゼンチンもさることながら、昭和恐慌時の濱口雄幸首相と井上準之助蔵相の緊縮財政と金解禁政策を彷彿とさせる。良く知られている通り、その濱口・井上政策も(アルゼンチンと同様)失敗に終わり、後を継いだ高橋是清蔵相の積極財政でようやく日本経済は息を吹き返した。

そうした事例に鑑みると、ラトビアの現在の政策についても悲観的にならざるを得ないような気もするが、ただ、この記事で「小さすぎて潰せない」と揶揄されているように、ラトビア経済には、救済コストが少なくて済むという“利点”がある。そのため、IMFの出資割当額の12倍に上る融資を受けても(通常は3〜5倍で巨額融資と見なされるとのこと)、その額は23.5億ドルであり、シティバンクへの米政府の出資額の10分の1程度に過ぎない。そう考えると、あるいは、周りの融資に支えられて、何とか通貨切り下げをせずに乗り切ってしまうかもしれない。


…と書いたところで、こんな記事が飛び込んできた。上のローゼンバーグのブログエントリも引用されているが、それとは裏腹に、当初はIMFも通貨切り下げ(正確にはペッグの変動幅の15%への拡大)を提案していて、ラトビア政府に拒否されたのだという。また、もう一つの選択肢として早期のユーロ化も提案したが、そちらはEU側に蹴られたとの由。これが本当ならば、ローゼンバーグもIMFもいい面の皮だわな。

*1:アルゼンチン危機の際、ジェフリー・サックスは意外にも通貨切り下げに反対したが、その理由の一つにこの懸念を挙げている。

*2:年初にはスウェーデンデンマークの中銀が5億ユーロ融資したという記事があった。