クロアチアとラトビア

ラトビアと言えば、ユーロペッグ通貨政策とそれに伴うデフレ政策がクルーグマンの格好の標的になっており、最近でも12/17ブログエントリ12/21ブログエントリで(その緊縮政策を賞賛する人々共々)反面教師として取り上げられている。また、拙ブログでもこれまで何回かその話題を取り上げてきた(例:ここここここ)。


12/8のvoxeuでは、クロアチアとの比較という一風変わった切り口から同国が取り上げられている(著者はアイスランド大学教授のThorvaldur GylfasonとJoint Vienna Institute所長のEduard Hochreiter)。Mostly Economicsによれば、そうした2国比較分析としては、これまでもインドと韓国、韓国と北朝鮮、バルバドスとジャマイカ、バルバドスとガイアナといった分析があったので、その延長線上と考えられる、とのことである。要は、ほぼ同時期に独立や経済開放などの政策転換を実施した二ヶ国について、その後の経過を比較してみる、というわけである。以下にその分析を簡単に紹介してみる。


クロアチアラトビアは、共に1990年代初めに、片やユーゴスラビア、片やソ連からの独立を果たした。ただ、クロアチアの場合はその独立に5年近い内戦が伴ったこと、および経済の改革開放政策がより慎重だったことにより、ラトビアに比べてEUへの参加の動きは10年ほど出遅れる形となった(ラトビアは2004年にEUに加盟[同年にNATOにも加盟している])。

その半面、独立前後の経済の落ち込みはクロアチアが1/3程度だったのに対し、ラトビアは5割近くに達した。しかし、ラトビアにおいては、そうした大きな落ち込みからの回復という側面が、積極的な経済政策と相俟って、年率10%の経済成長をもたらすことになった。一方のクロアチアの経済成長率は5%程度であった。その結果、ラトビアクロアチアに一人当たりGDPでもう少しで追いつくところまで行ったが、2008年の金融危機と不動産バブルの破裂でその高成長は断ち切られた。クロアチアラトビアほど金融危機の打撃を受けなかったので、危機以降、両者の差は再び開いた(下図;購買力平価に基づく2005年ベースのドル建ての一人当たりGDP)。


GylfasonとHochreiterは、コブ=ダグラス関数を用いた成長会計分析により、両国の一人当たりGDPの差を以下の3つの要因に分解している。

  • 経済効率性
  • 投資のGDP比率
  • 就学年数

実際に個別の状況を表す数字を見てみると、以下のようになる。

  • 2007年の世銀のビジネスのし易さ指数ではラトビアが183国中27位だったのに対しクロアチアは103位*1クロアチアの順位の低さは、建築許可を得ることの難しさや雇用の際の書類仕事の多さを反映している。
  • 民主主義度も社会資本への投資と考えられる。Polity IV Projectの民主主義の-10から+10の評点によれば、ラトビアは1991年の独立以来一貫して8を維持している。それに対しクロアチアは、2000年以前は-1から-3の間にあり、その後は急上昇したものの、ラトビアより1ポイント低い7に留まっている。
  • 世銀の2005年の企業調査によれば、司法制度が財産権を保持する能力に不信感を持つ企業経営者の割合は両国で概ね同等であった(クロアチア27%、ラトビア21%)。半面、犯罪がビジネスに支障をもたらす大きな要因だと答えたのは、クロアチア10%に対しラトビアでは26%に上った。また、腐敗も経済成長を脅かす要因だが、金融危機発生までは両国とも腐敗防止に成果を上げていたものの、ラトビアでは最近の傾向は芳しくない。

こうしてみると、ラトビアの方がクロアチアに比べ経済成長に有利な状況が多く、実際、金融危機に至るまでは成長率が高かった訳だが、それでも現時点ではクロアチアの一人当たりGDPラトビアを1割上回っている。
GylfasonとHochreiterが推計した成長会計式に、投資比率(ラトビア27%対クロアチア21%)と就学年数(ラトビア14.5年対クロアチア12.5年)を当てはめてみたところ、両国の投資の差は13%、教育の差は172%もの差を一人当たりGDPにもたらす要因となることが分かった。それにも関わらずクロアチアの一人当たりGDPラトビアを1割上回っているということは、クロアチアの生産性が131%ラトビアを上回っていることになる*2。こうしたクロアチアの生産性の相対的な高さは、低インフレ、製造業の輸出比率の高さ、経済自由度の高さ、平均寿命の長さによってもたらされているのだろう、と著者たちは推測している。


なお、voxeu記事ではクルーグマン等が問題にする通貨政策について何も触れていないが、元論文では以下の図を示している。

これは、それぞれの通貨(ラトビア=LAT[ラッツ]、クロアチア=HRK[クーナ])のドイツマルク(DEM)およびユーロ(EUR)に対する為替相場を示したものだが、クロアチアもユーロに対してペッグに近い通貨政策を取っていることが分かる(ただし、論文の本文では、調整ツールとしての変動相場を捨て去ったわけではなく、為替介入を実施して外貨準備を積み上げたこともある、と記述されている)。それでもクロアチアラトビアほどの金融危機による打撃を受けなかったことも、クロアチア経済のラトビア経済に対する優位性を物語っていると言えるだろう。

*1:最新のランキングではラトビアは24位、クロアチアは84位。

*2:元論文によると、両国の一人当たりGDPの比率を以下のように分解している:
一人当たりGDP比(1.1)
=生産性比率1.5 × exp{(教育年数の差)/2} × 投資比率1/2 × 労働量比率1/2
=2.3141.5 × exp{(12.5-14.5)/2} × (0.213/0.272)1/2 × (19.72/21.37)1/2
=3.520 × 0.368 × 0.885 × 0.961
よって投資の差の影響は1/0.885 – 1で13%、教育の差の影響は1/0.368 – 1で172%、労働の差の影響は1/0.961 – 1で4%。一方、生産性の比率は2.314なのでクロアチアラトビアを131%上回っている。