関税の負担:率と現実

というNBER論文をギータ・ゴピナートらが上げているungated版)。原題は「The Incidence of Tariffs: Rates and Reality」で、著者はGita Gopinath(ハーバード大)、Brent Neiman(シカゴ大)。
以下はその要旨。

In 2025, statutory tariff rates on U.S. imports rose to levels not seen in over one hundred years. What are the implications for prices? On the one hand, shipping lags, exemptions, and enforcement gaps have kept the actual implemented rates at only half of the statutory rates, moderating the tariffs’ impact. On the other hand, tariff pass-through to U.S. import prices is almost 100 percent, so the United States is bearing a large share of the costs. We study the incidence of the 2018-2019 and 2025 U.S. tariffs and discuss implications for U.S. sourcing, domestic manufacturing costs, and the dollar.
(拙訳)
2025年に米国の輸入に対する法定関税率は100年以上見られなかった水準に上昇した。物価にどのように影響するのだろうか? 一方で、出荷のラグ、免除、および執行のギャップによって実際に課された税率は法定税率の半分に留まり、関税の影響は和らげられた。もう一方で、米国の輸入価格への関税の転嫁率はほぼ100%であったため、米国は費用の大きな割合を負担している。我々は2018-2019年と2025年の米関税の負担を調べ、米国のソーシング、国内の製造費用、およびドルに対する影響について論じる。

本文によると、関税の転嫁率は、2018-2019年は80%で、2025年は94%と推計されたとの由*1。ただし後者の高い転嫁率は推計期間が短いためだろうとのことである。
米国の財輸入における中国の輸出シェアは2017年末の22%から2024年末の約12%に下がり、2025年9月には8%となった。インドとベトナムは、供給網を強靭化する「中国+1」戦略の「+1」となることでシェアを上げたが、それに中国の迂回輸出がどの程度寄与しているかについてはさらなる分析が必要、としている。
また、産業連関表データと自分たちの貿易と転嫁率の分析を組み合わせて、「生産関税」率という、輸入関税と同等の影響を米製造業に与える仮想的な生産費用への税率を計算したところ、輸入への依存度が高い部門では同税率の増加分は2%ポイントを超え、製造業全体では2025年に1%ポイント以上になったという。
為替への影響については、2018-19年には理論の予測通り関税後にドルは増価したが、2025年には大きく減価した。その点について論文では、本ブログで関税ショックのマクロ経済学 - himaginary’s diary関税は貿易赤字にどう影響するか - himaginary’s diary最適マクロ関税 - himaginary’s diaryコストプッシュショックとしての関税:最適金融政策への含意 - himaginary’s diaryで紹介した論文を参照し、そうした新たな研究による理論によって説明できるかもしれない、としている。ただ、著者たちは、他の政策とマクロ経済の力が為替を反対方向により強力に押しやったのだろう、としており、「解放の日」で公表された関税によって不確実性が大きく上昇するとともに米経済が減速し、FRBが利下げペースを速めると予想されたためドル減価につながった、という見方を示している*2

*1:ちなみに米関税の短期的な価格への影響の追跡 - himaginary’s diaryで紹介した論文(今回の論文でも参照されている)では、小売への転嫁率は20%と推計されている。

*2:その点について著者たちは、新たな理論を参照するまでもない、という書き方をしているが、前記の参照論文のうち関税ショックのマクロ経済学 - himaginary’s diaryで紹介した論文では、関税による景気後退を予測したFRBによる金融緩和に伴う減価を考えているので、そのロジックも「新たな研究による理論」に含まれるのではないかと思われる。ちなみに論文では参照されていないが、関税への最適な金融政策の反応 - himaginary’s diaryで紹介した論文も同様のロジックを考えている。一方、コストプッシュショックとしての関税:最適金融政策への含意 - himaginary’s diaryで紹介した論文では、インフレに伴う減価を想定している。また、残酷な関税のテーゼ - himaginary’s diaryで紹介したブランシャールは、ポートフォリオショックによる減価が関税ショックによる増価を上回った、としている。