不確実性下での疫病対策・再論

前回エントリでは、コロナ禍による健康被害を疫学者が過小推計したとされる米国を、過大推計したとされる日本と対照させてみた。一方、こちらの2020年6月エントリで紹介したNBER論文では、過小推計した場合と過大推計した場合の推移を、不確実性を組み込んだマクロ経済SIRモデルで評価していた。だが、紹介時点のNBER論文はまだ生煮えであり、その後2021年4月にアップデートされたほか、今年に入って米国科学アカデミー紀要(PNAS)で改めて公開されている。以下はそのPNAS版の論文の「重要性」と「要旨」。

Significance
How forcefully should policymakers react to a pandemic given uncertainty about the infectivity and severity of a new disease or variant? Some policymakers argued that more uncertainty should lead to prioritizing the economic costs of lockdowns, rather than the public health costs of the disease’s uncertain spread. In this paper, we embed a macroeconomic SIR model in a robust control framework and show that, on the contrary, uncertainty about the disease should lead to a more decisive response to the initial outbreak. Intuitively, uncertainty over the exponential growth rate of the disease means that it is optimal for policymakers to prioritize avoiding worst-case scenarios where the disease is highly contagious, spreading rapidly, and exceedingly lethal.
Abstract
We examine how policymakers react to a pandemic with uncertainty around key epidemiological and economic policy parameters by embedding a macroeconomic SIR model in a robust control framework. Uncertainty about disease virulence and severity leads to stricter and more persistent quarantines, while uncertainty about the economic costs of mitigation leads to less stringent quarantines. On net, an uncertainty-averse planner adopts stronger mitigation measures. Intuitively, the cost of underestimating the pandemic is out-of-control growth and permanent loss of life, while the cost of underestimating the economic consequences of quarantine is more transitory.
(拙訳)

重要性
新たな疾病もしくは変異株の感染力と深刻度について不確実性がある時、政策担当者はどの程度パンデミック対応を強制力を以って実施すべきだろうか? 政策担当者の中には、不確実性が大きい場合は、疾病の不確実な感染拡大による公衆衛生コストよりも、ロックダウンの経済コストを優先的に考慮することになる、と論じた者がいた。本稿で我々は、マクロ経済SIRモデルをロバスト制御の枠組みに組み込み、そうした議論とは反対に、疾病に関する不確実性は、当初の疾病発生に対し、より断固とした対応につながる、ということを示す。直観的に言えば、疾病の指数関数的な伸び率に関する不確実性は、疾病が極めて感染力が高く、拡大が急速で、非常に致死的である、という最悪シナリオを避けることを優先するのが政策当局者にとって最適であることを意味する。
要旨
我々は、政策担当者が主要な疫学ならびに経済政策パラメータについて不確実性があるパンデミックにどのように対応するかを、マクロ経済SIRモデルをロバスト制御の枠組みに組み込むことにより調べた。疾病の毒性と深刻度に関する不確実性は、厳格かつより持続的な検疫につながるが、疾病抑制策の経済コストに関する不確実性は、それほど厳格でない検疫につながる。総合的には、不確実性を忌避する政策担当者はより強力な疾病抑制策を採る。直観的に言えば、パンデミックを過小評価するコストは制御不可能な感染拡大と永続的な生命の喪失であるが、経済的な帰結を過小評価するコストはより一時的なものである。

改訂後の論文は、不確実性がありそれを忌避する場合は、経済コストよりもパンデミックの抑え込みを優先することになる、というメッセージを明確に打ち出している。そのため、日本の疫学者と経済学者における感染抑え込み優先か経済コスト優先かの立場の違いが、変異株の未知性に伴うナイトの不確実性を考慮するか捨象するかで分かれている、という小生のこのエントリでの描写を裏付ける形になっている。