ロシアは「国ガチャ」の外れなのか?

少し前にロシア出身のモデルの方が以下のようなツイートをして話題になった。

こちらのインタビュー記事によると、

あのツイートの意図は今起こっている母国の時事問題を絡めて、自分の「国ガチャ」の失敗を自虐する一方で、日本は治安、生活環境や便利なサービスが多く恵まれているから、親ガチャよりそもそも「国ガチャに成功してる」という、ロシアと日本の生活を経験した私が、トゲのある内容にアレンジした日本への賛辞でした

とのことだが、個人的には今回の件はむしろ、天然資源に恵まれたロシアの「国ガチャ」の強さを浮き彫りにしたように思われる。即ち、これだけの経済制裁を科されても原油価格などが高騰したことによりむしろ貿易黒字を確保し、一時下落した通貨も元に戻り*1、経済の弾力性の高さを示したように思う。一方、日本は輸入価格の高騰により貿易赤字が定着し、円安が進行している。天然資源を背景にした経済の逆境に対する強靭さという面では、ロシアの方が「国ガチャ」の当たりで*2、日本は外れという見方も成り立つかもしれない。

では逆に、天然資源に恵まれていることがロシアの強権体制の維持につながっているのだろうか?*3 NBER論文で「Russia」で検索すると真っ先に引っ掛かってくる「Oil and Democracy in Russia」という2010年の論文は、それに否定的な見方を示している。以下はその要旨。

Russia is often considered a perfect example of the so-called "resource curse"--the argument that natural resource wealth tends to undermine democracy. Given high oil prices, some observers see the country as virtually condemned to authoritarian government for the foreseeable future. Reexamining various data, I show that such fears are exaggerated. Evidence from around the world suggests that for countries like Russia with an established oil industry, even large increases in the scale of mineral incomes have only a minor effect on the political regime. In addition, Russia--a country with an industrialized economy, a highly educated, urbanized population, and an oil sector that remains majority private-owned--is unlikely to be susceptible to most of the hypothesized pernicious effects of resource dependence.
(拙訳)
ロシアはいわゆる「資源の呪い」――天然資源の富が民主主義を損なうという議論――の完全な例と見做されることが多い。原油価格の高さに鑑みて、同国は事実上、予見し得る将来において専制的な政府の桎梏下に置かれる運命にある、という人もいる。様々なデータを再検討して私は、そうした懸念は誇張されていることを示す。石油産業が確立されているロシアのような国では、鉱業からの収入規模の大きな増加があっても、政治体制にはあまり影響しない、ということが世界からの実証結果で示される。また、経済が工業化されていて、国民の教育程度が高く都会化されており、石油部門の大半がまだ民間所有であるロシアは、天然資源への依存の有害とされる効果の大部分の影響を免れる可能性が高い。

これを書いたのはUCLAのDaniel Treismanだが、この7年前の2003年には、アンドレイ・シュライファ―(Andrei Shleifer)と共著で「A Normal Country」というNBER論文も書いている。以下はその要旨。

During the 1990s, Russia underwent an extraordinary transformation from a communist dictatorship to a multi-party democracy, from a centrally planned economy to a market economy, and from a belligerent adversary of the West to a cooperative partner. Yet a consensus in the US circa 2000 viewed Russia as a disastrous and threatening failure, and the 1990s as a decade of catastrophe for its citizens. Analyzing a variety of economic and political data, we demonstrate a large gap between this perception and the facts. In contrast to the common image, by the late 1990s Russia had become a typical middle-income capitalist democracy.
(拙訳)
1990年代、ロシアは、共産党の独裁から複数政党制の民主主義、中央計画経済から市場経済、西側の好戦的な敵国から協力的なパートナー、という驚くべき転換を遂げた。しかし2000年頃の米国のコンセンサスは、ロシアを脅威をもたらす悲惨な失敗と見做し、1990年代を同国国民にとってカタストロフの10年と見ていた。様々な経済政治データを分析して我々は、この認識と事実の間には大きなギャップがあることを示す。一般的なイメージに反し、1990年代末にはロシアは典型的な中所得の資本主義の民主主義国になっていた。


両論文とも今から見るとあまりにも楽観的だった、という誹りは免れない気もするが*4、ロシアが必ずしも今のような道筋を辿る必要はなく、恵まれた「国ガチャ」を良い方向に発揮する国民の選択もあり得たのではないか、という観点からは一考の余地があるかもしれない*5

*1:今回のルーブル相場の推移に関する経済学的分析についてはここここで紹介した研究を参照。

*2:こちらのエントリでは、クリミア半島併合に対する制裁時に、ロシア経済のそうした強靭さをゴキブリやAK47に準えて指摘した記事を紹介した。

*3:前注の記事でジャスティン・フォックスはそうした見方を示している。

*4:特にシュライファ―は自分がロシアの体制転換に関わったことから特にその傾向があるようにも思われる。cf. ここ

*5:後者の論文では、1990年代のロシアの選挙結果はしばしば指導者にとって予想外だったことを指摘している。