退職後の消費と貯蓄

というNBER論文が上がっているungated版)。原題は「Consumption and Saving after Retirement」で、著者はBent Jesper Christensen(オーフス大)、Malene Kallestrup-Lamb(同)、John Kennan(ウィスコンシン大学マディソン校 )。
以下はその要旨。

The paper analyzes consumption decisions of retired workers, using Danish register data. A major puzzle, which motivates much of the analysis below, is that wealth actually increases for a large fraction of the people in our data. One would expect that wealth accumulated before retirement would be used to augment consumption in later life, with the implication that wealth should decline over time. The risk of large out-of-pocket medical expenditures is negligible in Denmark, so although explanations associated with such expenditures might explain similar patterns in U.S. data, these explanations are not plausible for Denmark (and therefore also questionable for the U.S.). Our analysis instead attempts to explain wealth paths using a model that emphasizes fluctuations in the marginal utility of consumption. The results show that a latent state variable extension of the standard life-cycle consumption model is quite successful in explaining the curious observed wealth patterns after retirement for singles.
(拙訳)
本稿は、デンマークの住民登録データを用いて、退職した労働者の消費の決定を分析した。以下の分析を行う主なきっかけとなった大きなパズルは、我々のデータの人々のかなりの割合において、資産が実は増加していた、ということである。退職前に蓄積された資産は、人生の後半の消費を増やすために用いられる、と予想され、それによって資産は時間の経過とともに減少するはずである。デンマークでは多額の自腹での医療支出のリスクは無視できるため、そうした支出に基づく説明は、米国のデータでの同様のパターンを説明できるかもしれないが、デンマークでは説得力を持たない(従って米国についても疑問符が付く)。その代わり我々の分析は、消費の限界効用の変動を強調するモデルを用いて資産の経路を説明しようと試みる。分析結果が示すところによれば、標準的なライフサイクル消費モデルで潜在状態変数を拡張すると、単身者の退職後の資産について観測された興味深いパターンを極めて上手く説明できる。

ungated版によると、1927年デンマーク生まれのコホートだけを対象とし、カップルでの共同決定のモデル化を回避するため、観測期間(=68歳以降)で単身者だった人に焦点を当てたという。また、不動産価値の上昇による資産の増加を扱うのを避けるため、68歳以降に不動産を持っていない人だけを対象にしたという(大半の人々はその時点で不動産を持っていなかったとの由)。その他、株式や投信の保有者も対象外にしたという。
分析によると、人々は年金収入の一部を明確な理由なしに貯蓄に回していたとの由。標準的なライフサイクル消費モデルでフロー効用関数を単純な「その日暮らし(hand-to-mouth)」に修正したところ、標準モデルでは正確な消費平滑化の重要性をかなり過大評価しているという頑健な実証結果が得られたという。そのことも興味深い新たな実証結果であったが、彼らのモデルの主たる特徴は、現在の消費の限界効用に影響するマルコフ連鎖構造を持つ潜在状態変数を組み込んだことにあるとの由。即ち、現在は低い限界効用状態にあるが、将来高い限界効用状態に移行する可能性があるために貯蓄している人がいる、というモデルにしたところ、実証分析でその重要性が確かめられたという。なお、遺産動機についてはそれとは別に識別されたが、潜在状態変数と共に有意であったとの由。遺産動機は年齢とともに高まり、男性よりも女性で強かったという。
モデルの潜在状態変数は健康に関連しているのかもしれないが、それよりも一般的な定式化になっていることを著者たちは強調しており、健康に関連しない限界効用の変動の研究については将来の課題、としている。

日本で同様の分析をするとすれば深刻な財政状態による非ケインズ効果が説明要因の候補に挙がるところだが、こちらの外務省の説明によるとデンマークの財政状態は良好であるため、検討さえされていないようである(著者たちの言い方を借りれば、従って日本についても疑問符が付く、ということになろうか)。