DSGEモデルの10の誤謬

本ブログでも何度か取り上げたことのあるデルフト工科大学のServaas Stormというオランダの経済学者が、今年2月に「Cordon of Conformity: Why DSGE models Are Not the Future of Macroeconomics」と題したDSGEモデルの10の誤謬を指摘した論文を書いているサイモン・レン−ルイス邦訳]経由のクリス・ディロー経由のStormのINET記事経由)。
以下はその10の誤謬の概要。

  1. どんなマクロモデルでも核心は現在の消費と将来の消費のトレードオフでなければならない
    • そうした異時点間のトレードオフは、中世の代表的農民が債券を貯蓄手段として持っていたとすれば彼らの意思決定をモデル化するのには適切かもしれないが、信用供与を受けられる金融商品経済の人々はそうしたトレードオフに直面していない。
       
  2. マクロモデルは「合理的期待」を含んでいなければならない
    • 「合理的期待」の仮定は、フォワードルッキングな(インフレ)予想を持つ主体の異時点間の最適化問題を解くための数学上のトリックであり、(1)主体が「真の経済モデル」を知っていること、および、(2)モデルの予測結果はモデルの均衡成長経路から体系的にずれることはないこと、を仮定している。そもそも経済学者自身の意見が塩水学派内でさえ例えばバイデンプランの適切な規模について割れていることや、DSGEモデルの予測能力の低さ(リーマン危機を予測できたDGSEモデルは皆無)からすると、それらの仮定は現実的ではない。また、合理的期待はknown unknowns を無視しているが、それを無視することは全く合理的ではない。
       
  3. 貸付資金市場に問題はない
    • 実際には、貸付資金市場は金融部門の機能の誤った描写になっている。現実においては、DSGEモデルにおけるのとは反対に、信用供与を受けた投資が貯蓄を決定する。
       
  4. マクロモデルにはミクロ的基礎付けが必要
    • ゾンネンシャイン=マンテル=デブリュー定理(Sonnenschein-Mantel-Debreu (SMD) theorem)*1からすると、個人の合理性からマクロの市場需要曲線の特性を導出することはできない。また、個人の行動はマクロ経済要因に影響される。
       
  5. マクロモデルはルーカス批判に合格しなければならない
    • DSGEのパラメータも政策レジームの変化に影響されるので、DSGEもルーカス批判に耐えることはできない。より深遠なパラメータを追求する試みもあるが、そうした試みは不毛である。そもそも政策レジームの変化を受けないパラメータはないので、ルーカス批判に耐えるモデルは存在しない。だが、政策レジームの変化がパラメータに与える影響は一般に軽微であり、従来のマクロ計量経済モデルでも経済政策評価について十分なパフォーマンスを発揮する。
       
  6. マクロモデルは意味ある形で貨幣を織り込む必要は無い
    • 我々の経済は金融商品経済であって貨幣は重要。DSGEに貨幣を織り込むこれまでの試みは、プトレマイオスのモデルに周転円を付け加えたようなものにとどまる。
       
  7. DSGEモデルは分配が成長に与える影響を問題なく無視することができる
    • DSGEは外生的ショックの所得や資産の格差への影響のみ考慮しており、構造上、格差拡大の経済成長への影響を分析することができない。RANKから、TANK、HANKに主体の数を増やしても、その点は変わらない。
       
  8. 複数均衡は「現実性」の向上への大きな一歩である
    • 欠陥のあるモデルの複雑性を高めてもモデルの改善にはならない。また、複数均衡は合理的期待の論理と矛盾し(∵主体は良い均衡と悪い均衡を区別できるので、良い均衡を選択するはず)、それを解決するためのアドホックな想定(外的制約や市場の不完全性や予想誤差)の追加もまたDSGEの論理と矛盾する。
       
  9. すべてのマクロモデルの中心は、需要で決定される短期と、供給で決定される長期の二分法である
    • 実証分析の積み重ねが示すところによれば、マクロ経済の履歴効果は時とともに大きくなっており、特にリーマン危機後はそうである。短期の変動は長期的な潜在成長率に影響するのである。DSGEは、供給で決定される厳格なミクロ的基礎付けのため、そのことを意味ある形で取り込むことができない。
       
  10. (受容可能な)マクロ経済システムを包括的に捉える一般モデルは一つしかなく、それはDSGEモデルである
    • DSGEモデルの信奉者はミクロ的基礎付けを基にそう主張するが、ノーベル賞を受賞した物理学者のフィリップ・アンダーソンが言うように、還元主義仮説は構成主義を意味せず、すべてを単純な基本則に還元できる能力は、そうした基本則から宇宙を再構成できることを意味しない。

*1:同定理とミクロ的基礎付けに関する本ブログで取り上げた過去の議論については、ここここ参照。