DSGEモデルの有用な点とは?

ブランシャールの小論に始まるDSGE論争、就中12日に紹介したクルーグマンのエントリに、ジョージ・エバンス(George Evans)が表題のEconomist's Viewエントリ(原題は「What's Useful about DSGE Models?」)で反応し、DSGE*1の特長として以下の4点を挙げている。

  1. 価格摩擦を取り込みつつ注意深く展開されたミクロ的基礎付けを持つモデルなので、きちんとした枠組みの中で各種の拡張(様々な部門、捻り、調整コスト、細部を表すパラメータの追加)が可能
    • これは理論的には、誘導型IS-LMモデルにアドホック的に特性を追加するより魅力的。
      • ただし、とりわけ教育やざっくりとした政策分析においてアドホックモデルも有用であり、IS-LMモデルはマクロ経済学の主砲の一つ、という点はエバンスも認めている。
  2. 将来の経済変数に関する予想に明確かつ中心的な役割を与えている
    • 標準的な線形化された生産、インフレ、金利の3方程式モデルでは、現在の生産とインフレが、ある決まった形で、将来の生産とインフレに依存している。
      • 生産は、将来の生産とインフレに、家計の動学的最適化条件を通じて依存している。
      • インフレは、将来のインフレに、企業の最適価格付け方程式を通じて依存している。
    • 即ち、DSGEモデルでは将来の経済変数に対する予想をモデルの中心に据えており、しかもきちんとした枠組みの中でそうしている。
  3. DSGEは通常は合理的期待の下で解かれるが、合理的期待仮説の仮定を緩めた系を調べる際の一時的な均衡の枠組みを提供している、という見方もできる
    • エバンスは特に、合理的期待を、限定合理的な適応的学習・意思決定(AL)で置き換えることを好む。
      • これは合理的期待の解が複数ある場合に特に有効。
      • ALはまた、IS-LMを敷衍する形で、DSGEにおけるケインズ経済学の特性を引き出す。
    • 一般にミクロ的基礎付けを持つモデルは、どんな種類でも、限定合理性の取り込みにとって理想的。限定合理性は主体レベルで形成されるとするのが最も自然なため。
  4. 金融危機の最中およびその後の政策に関するDSGEの含意を理解するのに経済学界は手間取ったように見えたが、それはDSGEの欠点のせいではない
    • それは、2007-8時点でDSGEを用いていたマクロ経済学者の多くが、モデルのケインズ経済学的なメカニズムを十分に認識していなかったためと考えられる。
    • DSGEの大半(すべてではない)において欠如していた金融摩擦は、教科書的なIS-LMモデルの大半でも欠如していた。
    • 一方、2008年にEuropean Economic Reviewに掲載されたEvans=Guse=Honkapohjaの「Liquidity traps, learning and stagnation」*2では、流動性の罠の下で複数の合理的期待解を持つDSGEモデルにALを当てはめ、予想に対し非常に大きな負のショックがあった場合には、金融だけでなく財政刺激策が必要になり、十分に大きくて早期の財政刺激策は深刻な景気後退ないし恐慌を回避する上で極めて重要になる、と論じた。
      • もちろんそうした議論はアドホックIS-LMモデルを拡張してもできただろうが、DSGEではそうした政策的含意が容易に見い出せるのであり、その主要な結果はモデルにおける予想の重要性に依拠している、というのがポイント。

エバンスは、以上の特長を挙げた後に、DSGEだけが唯一無二のモデルと考えるべきではなく、多様なモデルが存在することが重要、と述べてエントリを締め括っている。

*1:エバンスは冒頭で「Dynamic Stochastic General Equilibrium (DSGE) models, also known as New Keynesian (NK), models」と書いた上で、以後はニューケインジアンモデルの呼び名を使っている。

*2:cf. ここWP