マクロモデルは(少なくとも)5種類必要である件

3回目のエントリでモデルに関する話は打ち止めにしたい、と書いていたオリビエ・ブランシャールが、表題の4回目のエントリを書いている(原題は「On the Need for (At Least) Five Classes of Macro Models」)。その言い訳としてブランシャールは、そもそもモデルについて書き始めたのはデビッド・バインズ(David Vines)のDSGEに関するプロジェクトがきっかけだったが、彼が開いた1日コンファレンスでさらなる刺激を受けたため、と述べている。
以下は彼が最低限必要だと考える5種類のモデル。

  1. 基礎的モデル(Foundational models)
    • 理論的に深く切り込んだモデル。その点ではほぼすべてのマクロモデルと関連するが、ただし、現実を近似している振りはしない。
    • 例:ポール・サミュエルソンの消費=ローンモデル、ピーター・ダイアモンドの世代重複モデル、ダイアモンド=モーテンセン=ピサリデスのサーチモデル、ニール・ウォレスやランディ・ライト*1の貨幣モデル

  2. DSGEモデル(DSGE models)
    • これらのモデルの目的は、捻り、ないし捻りの組み合わせがマクロ経済に取って持つ意味を追究すること。生産的な議論のためには、追加的な捻り――その追加的な捻りが限定合理性、情報の非対称性、別の形の不均一性、等々のいずれであれ――を加える各モデルは、概ね合意が取れた共通の中核モデルの上に構築される必要がある*2
    • バインズはDSGEモデルへの批判からプロジェクトを開始した。現在提起されている問題は2つ:
      1. 中核モデルは何であるべきか
        • 現在の中核モデルは概ね、RBCに名目硬直性という一つの歪みを加えたものだが、最良の出発点と言うには現実と懸け離れ過ぎている。消費者のオイラー方程式と価格設定者の価格付け方程式は、合理的期待と相俟って、経済主体のフォワードルッキングを過剰に織り込んでいる。
        • ブランシャール自身は、中核モデルは名目硬直性、限定合理性、限定的な視野、不完備市場、債務の役割を取り込んでいるべき、と考えている。
          • なお、コンファレンスでは、エージェントベースモデルを掲げる経済学者はこうしたアプローチを全面的に否定した、との由。
      2. モデルはどこまで現実に近付けるべきか
        • ブランシャール自身は、近付けることを目的にすべきことは明らかだが、アドホックな追加や改修(例:ラグ構造をより現実的にするために裏付けのない高次のコストを恣意的に導入することなど)で近付けることは避けるべき、と考えている。現実への近似は次の政策モデルに任せるべき。

  3. 政策モデル
    • サイモン・レンールイスは構造計量経済モデルと呼ぶことを好んでいる*3
    • これらのモデルの目的は、政策設計の手助けをし、特定のショックの動学的効果を研究し、政策の別の選択肢を追究できるようにすることにある。
      • 例:中国経済が減速した際の中南米への影響、トランプ政権が財政拡大を行った際の他国への影響
    • これらのモデルにとって、データへの適合と現実の動学の捕捉は極めて重要。同時に、ショックや政策の影響を追跡するためには、理論的構造も十分に備えていなくてはならない。ただし、2つの目的のために、理論的構造は必然的にDSGEより緩くなる。
      • 集計と不均一性により、理論的に厳密なモデルが捉えられると期待し得るものよりも複雑な集計的動学が生じる。
    • 以前の政策モデルは、理論を出発点としつつ、方程式ごとにデータをして語らしめた。最近のモデルはDSGEを出発点として、より複雑な動学をデータに決定させる。
      • FRB/USモデルは、理論に長期的関係を制約させると共に、潜在的な高次の調整コストを用いてデータの動学に適合させている。ただしブランシャールはこのやり方について、このように動学を制約することの利点が見えない、として懐疑的。
    • いずれにせよ、これらのモデルでは、DSGEとはゲームの規則が違う。例えば…
      • VARによって特徴付けられた動学と整合的という意味でモデルは上手く適合しているか? 過去の政策効果を上手く捉えているか? 別の政策を考えることができるか?

  4. トイモデル(Toy models)
    • IS-LMモデルやマンデル=フレミングモデルやRBCモデルやニューケインジアンモデルの様々なバリエーション。
    • 理論の基礎付けが緩いものも、理論に明確に基づいているものもあるが、いずれのモデルも目的は同じ。それは、質問に対し取りあえずの回答を提示すること、ならびに、より複雑なモデルないしモデル群からの回答のエッセンスを提示すること。研究者は、より精緻なモデルを構築する前に作成する、もしくは、精緻なモデルを構築した後にその内容を精査するために作成する。
    • 正式の理論にどこまで近いかはここでは問題とはならない。ロバート・マンデルやルディ・ドーンブッシュのような優れた職人の手にかかれば、素晴らしいものが出来上がる。それが彼らのモデルが学部のマクロ経済の教科書を支配している理由。それは科学であると同時にアートであり、すべての経済学者にアートの才があるわけではない。だがアートには大いなる価値がある*4
      • ただしアートの性格は時代と共に変化している。昔は、紙が2次元であるために、方程式が2本、あるいは工夫と簡略化を重ねて3本のモデルがせいぜいだったが、今ではMATLABやDynareの利用が容易になっため、もう少し大きなモデルの特性を伝えられるようになった。

  5. 予測モデル(Forecasting models)
    • これらのモデルの目的は単純で、最善の予測をすること。モデルの判断基準もそれに尽きる。
    • 理論が予測改善に有用ならば理論が使われ、そうでなければ無視される。理論の有用性の程度については結果が出ている、というのがブランシャールの見立て。そうなると話は統計的なものとなる(=過剰パラメータや関係の不安定性などへの対処法)。


最後にブランシャールは以下の点を指摘している。

  • 異なるタスクには異なるモデルが必要。設計された目的を超えた使用は野心的に過ぎる。
  • ただし、それぞれの種類のモデルは他の種類のモデルから多くを学べるし、相互作用によって多くを得るだろう。
  • ここで挙げたのは一般均衡モデルだが、すべてのモデルは部分均衡の基礎と実証結果に基づいていることには留意すべき。

*1:ライトをここで挙げたのは、彼がバインズのコンファレンスに参加したのが一つの理由とのこと(…ということは、清滝氏は参加しなかった?)。彼からブランシャールは、ある人にとってミクロ的基礎付けと思われるものが、別の人にとっては完全なアドホックと思われることを学んだ、との由(…ドーマンやゲルマンの効用関数に対する態度を見ていれば、何を今更、という気もするが…)。

*2:コンファレンスではリカルド・ライスがDSGEの拡張すべき方向のリストを示したとのこと(そのリストはおそらく、ここで紹介したエッセイ中の最近の若手研究者のテーマ一覧を基にしているのではないかと推測される)。

*3:cf. ここ

*4:そのアートがDSGEによってクラウドアウトされているのだ、とクルーグマンがまた文句を言いそうだが…。