ZOZOTOWN経営陣の要望に応える欧米の左派政党

「Brahmin Left」とピケティが名付けた層が所得格差縮小の障害になっている、という話が話題になっている。ProMarketで「なぜ民主主義が格差縮小できないか:インテリ左翼のせいだ(Why Democracy Fails to Reduce Inequality: Blame the Brahmin Left)」というそのままずばりのタイトルの記事でピケティの研究が紹介されているほか、ロドリックがProject Syndicate論説で以下のように説明している

The French economist Thomas Piketty has recently documented an interesting transformation in the social base of left-wing parties. Until the late 1960s, the poor generally voted for parties of the left, while the wealthy voted for the right. Since then, left-wing parties have been increasingly captured by the well-educated elite, whom Piketty calls the “Brahmin Left,” to distinguish them from the “Merchant” class whose members still vote for right-wing parties. Piketty argues that this bifurcation of the elite has insulated the political system from redistributive demands. The Brahmin Left is not friendly to redistribution, because it believes in meritocracy – a world in which effort gets rewarded and low incomes are more likely to be the result of insufficient effort than poor luck.
(拙訳)
フランスの経済学者トマ・ピケティは、最近、左派政党の支持基盤の興味深い変化を取り上げている。1960年代後半までは、貧困層は左派政党に投票し、富裕層は右派政党に投票する傾向があった。それ以降は、左派政党は高学歴エリートにどんどん取り込まれていった。そうしたエリートをピケティは「インテリ左翼」と呼び、右派政党に投票し続ける「商人」階級と区別している。ピケティによれば、このようにエリートが2つに分かれたことによって、政治システムが再分配の要求に耳を貸さなくなったという。インテリ左翼は再分配に好意的ではない。彼らは実力主義を信奉しており、その世界では努力が報われ、低所得は運が悪いのではなく努力が足りない結果である、とされている。


しかし、本来左派政党は再分配に好意的だったはずである。その点についてロドリックは以下のように書いている。

In principle, greater inequality produces a demand for more redistribution. Democratic politicians should respond by imposing higher taxes on the wealthy and spending the proceeds on the less well off. This intuition is formalized in a well-known paper in political economy by Allan Meltzer and Scott Richard: the wider the income gap between the median and average voter, the higher the taxes and the greater the redistribution.
(拙訳)
原理的には、格差が拡大すると再分配への要求は高まる。民主主義的な政治家は、富裕層への課税を引き上げ、その税収を暮らし向きの良くない層に支出する、という対応をするはずである。こうした洞察は、アラン・メルツァーとスコット・リチャードの有名な論文で定式化されている。中位の有権者と平均的な有権者の所得格差が開けば、税は高くなり、再分配は増加する。

だが、実際の民主主義はそれとは逆方向に進んだ、とロドリックは言う。所得税の累進性は減らされ、逆進的な消費税への依存度が高まり、資本課税は世界的な引き下げ競争が行われた。インフラ投資を増やす代わりに低技能労働者をとりわけ傷付ける財政再建策が追求され、大手の銀行や企業が救済された一方で家計は救済されなかった。米国では最低賃金の引き上げが十分ではなく、実質ベースでは低下した。
その理由の一つとしてロドリックは以下を挙げている。

Part of the reason for this, at least in the US, is that the Democratic Party’s embrace of identity politics (highlighting inclusiveness along lines of gender, race, and sexual orientation) and other socially liberal causes came at the expense of the bread-and-butter issues of incomes and jobs. As Robert Kuttner writes in a new book, the only thing missing from Hillary Clinton’s platform during the 2016 presidential election was social class.
(拙訳)
こうなった理由の一つは、少なくとも米国では、民主党アイデンティティ政治*1(性別、人種、性的指向における包括性を強調した政治)やその他の社会的にリベラルな大義を掲げた際に、所得や職といった日常生活の問題が疎かになったためである。ロバート・カトナーが新著*2に書いたように、2016年の大統領選挙のヒラリー・クリントンの政治要綱で唯一欠けていたのが、社会階層であった。

カトナーによれば、1980年代のレーガン大勝後、民主党は意識的に金融部門に手を伸ばしたという。ロドリックは、米国の民主党(および西欧の中道左派政党)が、大手の銀行や企業と馴れ合ったことが、現在の状況を招いた一因である、として、1990年代にビル・クリントンロバート・ルービンよりもロバート・ライシュに耳を傾けていたら当時の経済政策は違ったものになっていたのでは、と述べている。
ただ、左派政党は単に既得権益層と馴れ合っただけではなく、思想的にも市場原理主義に取り込まれた、ともロドリックは指摘している*3クリントンのニューデモクラットやブレアのニューレーバーはグローバル化チアリーダーとして行動し、フランスの社会主義者はなぜか国際的な資本移動の規制撤廃を主唱した。その点での彼らと右派との唯一の違いは、社会福祉や教育への支出を増やす、という甘味料的な公約だったが、それが実現することは稀だった、とロドリックは指弾している。


なお、インテリ左翼だけでなく、普通の米国人も、格差拡大にも拘らず、最高限界税率の引き上げや所得移転の拡大に熱心ではない、とロドリックは言う。それは、政府への不信感が高いためであり、そうした不信感を払拭するために進歩的左派は良き政策とともに良き物語を用意しなくてはならない、と述べて*4ロドリックはこの論説を結んでいる。

*1:cf. アイデンティティ政治 - Wikipedia。ロドリックはここで以下の本にリンクしている。

The Once and Future Liberal: After Identity Politics

The Once and Future Liberal: After Identity Politics

*2:

Can Democracy Survive Global Capitalism?

Can Democracy Survive Global Capitalism?

*3:それは彼がこちらのインタビューでも指摘していた点である。

*4:それは彼がここで紹介したブログ記事でも強調した点である。