ジョーンズの世界

昨日エントリで取り上げたジョン・コクランのエントリの4項目のうち、第3項目で紹介されたチャド・ジョーンズ(Chad Jones)ことスタンフォード大のチャールズ・ジョーンズ(Charles I. Jones)の研究を以下に紹介してみる。これは、2005年の「Growth and Ideas」、1995年の「R&D based models of economic growth」、および1999年の「Sources of U.S. Economic Growth in a World of Ideas」を基にコクランがジョーンズの議論を要約したものである。


生産が労働LYとアイディアのストックAを用いて
  Y = A^\sigma L_Y
のように行われているものとする。
同様に、新たなアイディアも労働と古いアイディアを用いて
  \dot{A} = \delta L_A A^\phi
のように生産されているものとする。ここでLAは、しばしば「研究者」と呼ばれる、アイディア生産に従事する人の数である(コクランは「研究者」という用語は狭義に過ぎる、とコメントしている)。簡単のため、労働力人口のうちsの割合だけ研究に従事し(LA=sL、LY=L-LA=(1-s)L)、人口Lは伸び率nで成長するものとしよう。古典的なローマーやグロスマン=ヘルプマンやAghion=Howittモデルは、φ=1としている。すると
  \frac{\dot{A}}{A} = \delta s L
となり、一人当たり生産の成長率は
  g_Y \equiv \frac{\dot{Y}}{Y} -\frac{\dot{L}}{L}  =  \sigma \delta s L
となる*1。これから、新成長理論では、研究に従事する人口の割合sが上昇すると一人当たり生産の成長率が恒久的に上昇することが分かる。これこそが、標準的な効率性改善のミクロ経済学という古くて退屈な「水準効果」に対抗する「成長率効果」である。


しかし、この議論の致命的な欠陥をジョーンズは指摘した。上式では生産の成長率は人口水準とともに上昇することになっているが、それでは1927年の20億人から今日の70億人に世界人口が増えたことにより、一人当たり年間成長率は2%から7%に上昇していたはず、ということになってしまう。即ち、一人当たり生産の成長率そのものも指数関数的に増加することになる! 人口に指数関数を代入すると、上式は
  g_Y =  \sigma \delta s L_0 e^{nt}
となる。問題は根深く、φ=1のモデルではありとあらゆる規模の効果がおかしくなる。前世紀には人口だけではなく、研究開発に従事する人の割合も劇的に増えた。また、2つの経済が統合して人口が倍増すれば、成長率の倍になるはずである。しかし、先進国の成長率は極めて定常的であるか、1970年代以降はむしろ低下した。


この問題に対しジョーンズが与えた解は極めて単純で、φ<1とする、というものだった。
ここでアイディアの生産について真面目に考えてみると、φ>0ならば、一人の研究者が一定期間の間に生み出す新規のアイディアの数は既存のアイディアのストックの増加関数となる。これは「巨人の肩の上」効果と呼んでよかろう*2。即ち、過去に発見されたアイディアによって今日の研究がより効果的になる、ということである。
一方、φ<0のケースを考えてみると、それは研究の生産性が新たなアイディアの発見とともに低下する状況である。その状況は、釣り堀に喩えられる。釣り堀に100匹しか魚がいないのであれば、新たな魚を釣り上げることがどんどん難しくなる。同様に、最も明白な新規のアイディアは真っ先に発見され、次の新規のアイディアを発見することは増々難しくなるのかもしれない。
さらに、φ=0のケースを有用なベンチマークとして考えることができるかもしれない。その場合、一時間の研究は(アイディアのストックに関わらず)常に同数のアイディアを生み出す。
だが、φ=1というのは奇妙なケースである。この時、一時間の研究は新規のアイディアと同じだけ成長率を押し上げる。


φ<1のケースについてモデルを解くと次のようになる。
   \frac{\dot{A}}{A} = \delta s L_0 e^{nt} A^{\phi-1}
A_t = A_0e^{g_At}という定常成長の解を考えると、
   g_A= \delta s L_0 e^{nt} A_0^{\phi-1} e^{(\phi-1){g_At}}
これが成立するのは、指数項が相殺される場合だけである。
  n+(\phi-1)g_A = 0
  g_A = \frac{n}{1-\phi}
すると定常状態の一人当たり成長率は
  g_Y  = \sigma g_A  =  \frac{\sigma n}{1-\phi}
となる。これによって問題は解決し、しかもこれは依然として非競合的アイディアの蓄積によって成長が促される内生的成長モデルである。外部性も依然として存在し、アイディアの創造はそれ自体良いことである。しかし今やモデルが予言する定常的な一人当たり成長率は理に適ったものであり、「成長効果」は伴わない。ジョーンズ(1999)から引用すると、

Changes in research intensity no longer affect the long-run growth rate but, rather, affect the long-run level of income along the balanced-growth path (through transitory effects on growth). Similarly, changes in the size of the population affect the level of income but not its long-run
growth rate. Finally, the long-run growth rate itself is proportional to the population growth
rate.
(拙訳)
研究の集中度の変化はもはや長期的な成長率には影響せず、むしろ、均衡成長経路に沿った所得の長期的な水準に(成長への一時的効果を通じて)影響する。同様に、人口の大きさの変化は所得水準には影響するが、長期的な成長率には影響しない。そして、長期的な成長率そのものは、人口成長率に比例する。


良く考えてみれば、所得の長期的な水準と長期的な成長率の区別は本質的なものではないことが分かる。φが1に近づくにつれ、モデルの動きはスムーズになって、「水準」効果は大きくなり、新たな「成長率」への移行期間は長くなる。そのため、1世紀分の定常成長のデータがあっても、φが1を少し下回っているのか、それともφ=1の恒久的な成長率効果の極限を達成しているのか、を区別するのは容易ではない。
これは、かつての単位根論争で問題になった、 yt=φyt-1t というモデルがφ=1という単位根を持つのか、それともφが僅かに1を下回る定常状態にあるのかを区別するのが難しいのと同様である。

*1:\dot{Y}=\sigma A^{\sigma-1}L_Y{\dot{A}}+A^{\sigma}{\dot{L_Y}}=\frac{\sigma Y}{A}{\dot{A}}+A^{\sigma}{\dot{L_Y}}より
  \frac{\dot{Y}}{Y}=\frac{\sigma\dot{A}}{A}+\frac{A^{\sigma}{\dot{L_Y}}}{Y}=\sigma \delta s L+\frac{\dot{L_Y}}{L_Y}=\sigma \delta s L+\frac{\dot{L}}{L}

*2:cf. Wikipedia