皮肉と科学

前回エントリの末尾で、ポール・ローマーがルーカスの「変節」を指摘したと書いた。具体的には、ローマーは、ファインマン的誠実さとスティグラー的確信という考え方を用いて、クルーグマンこのエントリの自分なりの解釈を試みている。

Here’s how I would restate Krugman’s account. The path that led Lucas and his followers to increasingly implausible positions defended using increasingly adversarial arguments starts with Stigler conviction and a commitment to an initial conjecture that turned out to be false–that during a recession, the behavior of the aggregate economy can be characterized by a model that relies on imperfect information and a signal extraction problem that treats market clearing as a maintained auxiliary hypothesis.
To me, this gives a plausible description of how events unfolded, but it leaves the fundamental cause unexplained. Why did Lucas, who as far as I can tell was originally guided by Feynman integrity, switch to the mode of Stigler conviction? Market clearing did not have to evolve from auxiliary hypothesis to dogma that could not be questioned.
(拙訳)
クルーグマンの説明を私なりに言い換えると次のようになる。ルーカスと彼の一派は、ますます説得力に欠ける立場をますます敵意に満ちた議論で擁護しているが、彼らをそこに至らしめるきっかけになったのは、スティグラー的確信と、不況になってから誤っていることが判明した当初の推論だった。その推論では、マクロ経済の動向は不完全情報と信号抽出問題に依拠するモデルで特徴付けることができ、市場の清算は維持可能な補助的な仮説として扱われていた。
これは実際に起きたことのもっともらしい説明になっているように私には思われるが、ただし根本的な原因は説明されないままである。なぜ、私の知る限り最初はファインマン的誠実さに導かれていたルーカスが、スティグラー的確信モードに切り替わったのか? 市場の清算が補助的な仮説から、異論が許されないドグマへの発展する必然性は存在しなかった。


そこでローマーが提示する「根本的な原因」は意外なもので、ロバート・ソローらMITの経済学者による皮肉に満ちた反対がルーカスらを頑なにさせたのだ、と彼は言う。また、ルーカスはカーネギーメロンからシカゴに戻った後にクーデターでフリードマンを追い出したが、スティグラーは残ったので、ルーカスはスティグラーに毒されたのではないか、ともローマーは書いている。スティグラーのシカゴの知的環境に対する影響力は外部からは計り知れないほど大きかった、との由。


これにはさすがのクルーグマンも表題のエントリ(原題は「Sarcasm and Science」)で異議を唱え、確かに阿呆だ馬鹿だと皮肉られれば人は怒り心頭に発するものだが、経済学史上の大きな過ちがそこまで偶発的な出来事で引き起こされたとは考えにくい、と書いている。また、ローマー自身が言及したように、合理的期待革命はMITをも席巻したのだ、とも指摘している。
代わりにクルーグマンが提示した原因は以下の2点である。

  • 政治的要因。均衡ビジネスサイクル理論は、財政政策や金融政策が経済の運営において有用な役割を果たし得ることを否定しているので、ある種の政治的立場の人にとっては非常に都合が良い。
  • 道具箱要因。ルーカス型のモデルは、新たなモデル作成と数学のツールを持ち込んだ。その学習には多大な時間と労力を要するほか、学習の結果として自分の技能の高さを誇示することができる。そのため、そうした投資を行った人間は、そうしたツールを用いたモデルに固執する実際上の動機がある*1


ただ、後者の点についてはデロングが異論を挟み、以下の点を指摘している。

  • ニューケインジアンモデルもそうしたツールを使用している、
  • 完全なRBC-DSGEモデルは、ルーカスではなくプレスコット論文から導出されたまったく別の道具箱を用いている。
  • そうしたツールを最も巧みに用いたのは他ならぬドーンブッシュだったが、彼はルーカス流の馬鹿げた主張には耳を貸さなかった。
  • クルーグマン自身がしばしば述べているように、ルーカス流の馬鹿げた考えは国際マクロ経済学にも侵入を試みたが、失敗に終わった。

またデロングはローマーの推測にも異を唱え、フリードマンの辛辣さはソローを上回っていたので、それに直面した人がサミュエルソンやソローに怖気を振るったはずがない、と述べている。

*1:cf. ここここ