ここで紹介した英国の国債償却を巡る論争に関し、FT Alphaville(Joseph Cotterill)が最も優れた論考として以下の文章を紹介している(H/T 本石町日記さんツイート)。書いたのはThredneedleなる投資ファンドのToby Nangleとのこと。
It may sound radical to say that the budgetary implications of QE correspond exactly to a debt write-off, but let’s compare them. In the case of QE, the coupons are paid by HM Treasury to the Bank of England Asset Purchase Facility Fund. These coupons are the property of HM Treasury and will be remitted back to the Treasury. In the case of a debt write-off, the coupons never leave HM Treasury in the first place. Hence, the fiscal benefits of cancelling the debt would be precisely zero. In other words,the debt, equivalent to around 30% of the UK’s overall debt, has from a budgetary perspective already been effectively cancelled.
By contrast, the impact of a de jure (rather than a de facto) debt cancellation would be principally to signal to the currency market that sterling could no longer be regarded as a store of value. This is because this de jure cancellation would impede the Bank of England’s ability to re-sterilise the monetary base at some point in the future. After all, this policy would introduce the possibility of some future government being unwilling to provide monetary instruments – in the form of term debt – that the Bank could have used to effect monetary policy, thus impeding its ability to pursue its mandate. It is always hard to accurately forecast the market implications of a new policy signal, but it appears reasonable to expect that it could be disruptive.
(拙訳)
量的緩和の財政的含意はまさに債務の償却に相当する、と言うのは過激に聞こえるかもしれないが、両者を比較してみよう。量的緩和の場合、国債の利子は財務省からイングランド銀行の資産購入計画ファンドに支払われる。その利子は財務省の所有に帰するものであり、財務省に還流する。債務償却の場合、そもそも利子が財務省から出て行くことは無い。従って、国債を消却することによる財政的な恩恵は、完全にゼロである。換言するならば、英国の債務全体の約3割に相当するその債務は、財政的見地から言えば事実上既に消却されているのである。
一方、(事実上ではなく)正式な債務の消却がもたらす主たる影響は、金融市場にスターリングポンドがもはや価値の保蔵手段とは見做せなくなったというシグナルを送ることにある。というのは、そうした正式な消却は、イングランド銀行が将来のある時点においてマネタリーベースを再び不胎化する能力を阻害するからである。煎じ詰めれば、この政策は、将来の政府が期間物の債務という金融政策のツールを提供したがらず、イングランド銀行が金融政策の効果を発揮するのに使えたはずのそうしたツールが無くなることにより、同銀行が任務を果たす能力を阻害する、という可能性を惹起する*1。新たな政策シグナルが市場に持つ意味を正確に見通すのは常に難しいが、混乱を生じせしめるものとなる、と予想するのは理に適っているように思われる。
現イングランド銀行総裁のマービン・キングもこの点に言及し、以下のように述べたという。
Giving money either to the government or to households directly, or indeed cancelling our holding of gilts, means that the Bank of England has no assets to sell when the time comes to tighten monetary policy.
(拙訳)
政府もしくは家計に資金を直接提供する、もしくは我々の所有する債務を実際に消却することは、金融政策を引き締めるべき時期が到来した時に、イングランド銀行が売却すべき資産を持たないことを意味します。
ちなみにキングは、国債利子収入が無くなったら準備預金の付利が支払えなくなってしまうではないか、とも述べているが、この点についてFT Alphavilleは、国債利子を本来の所有者である財務省に上納せず貯め込んでいるという点でイングランド銀行は特殊である(FRBは定期的*2に上納している)と指摘すると同時に、準備預金の付利支払いは以下の理由で大きな問題とはならない、とも指摘している:
- JPモルガンの分析によると、付利支払いが逆鞘となるのは金利が2.5%(米国の場合)もしくは3%(英国の場合)まで上がった時。従って、金利上昇が各中銀に損失をもたらすまでには時間的余裕がある。
- 引き締め政策は金利引き上げから始めなければならない、というのは別に中銀の金科玉条ではない。量的緩和で購入した資産の売却から始めるという手もある。あるいは、売却すらせずに、各購入資産が満期到来で自然にバランスシートから消えていくのを待つ、という手もある。後者の手段は、目下話題の「消却」よりも現実的な手段でありながら、同等の効果を発揮するので、選択としてはより重要とも言える。
*1:これは中銀による国債消却に限った話ではなく、好景気などにより財政黒字が増えて国債発行残高が減った場合にも同様の問題が生じると思われるが…。cf. ここで引用されている「波乱の時代」におけるグリーンスパンの懸念や、最近のオーストラリアの状況。
*2:FT Alphavilleは「every quarter week」という聞き慣れない言葉を使っているが、「every week」の誤記のようにも思われる。FRBの財務報告書の表の注記では「The Board of Governors requires each Reserve Bank to distribute any remaining net earnings to the U.S. Treasury as interest on Federal Reserve notes, after providing for the payment of dividends and reservation of an amount necessary to equate surplus with capital paid-in. These distributions are made weekly based on estimated net earnings for the preceding week.」と記述されている。