9/30や昨日のエントリで紹介した共著論文への批判に対し、アセモグル=ロビンソンが自ブログで反論している。
以下はその簡単なまとめ。
- 論文はピーター・ホールとデヴィッド・ソスキスの著書に代表される資本主義の多様性に関する研究の文脈を受けている。従来の研究では、資本主義の制度の選択における国際的な相互連関という視点が欠けていたので、特に技術面についてその点を追究してみた。その結果、均衡においては、熾烈資本主義を選択した国は技術進歩を維持するためにそこに留まり、抱擁資本主義を選択した国は熾烈資本主義による技術進歩の恩恵を享受できるのでそこに留まる、という結果が得られた。
- 批判の一部はイデオロギー的なもの。格差はしばしばエリートによって創り出される、世界の多くの場所の発展において植民地支配の後遺症は大きい、といったことを論じた時は右派からの攻撃を受けたが、今回はスカンジナビアモデルの潜在的な問題点を取り上げたことにより、単なる理論上の話であったにも関わらず、左派からの攻撃を受ける仕儀と相成った。彼らの格好の的*1になってしまったのだろう。
- 経済モデルには、現実の特徴を定量的に捉えようとするものもあるが、理念型*2に基づくものもある。後者の場合、モデルは概念を極力簡明に展開することが目的となり、現実的か否かは二の次となる。そのことは経済学者にとっては常識だが、非経済学者はその点を理解していない者が多い。エズラ・クライン・ブログでのDylan Matthewsの批判はその一例。
- ケンウォーシーの批判も、60〜70年代の米国や他の格差の大きな国が理念型に当てはまらない、というものであり、モデルの現実への適合性を重視し過ぎている。米国の格差が政治的要因などによって行き過ぎている可能性は自分たちもこれまで論じてきたところ。また、イノベーションに重要なのは起業家間の格差であり、米国で社会問題になっている労働者間の格差ではない。なお、米国とスカンジナビアをピックアップしたのは、自著*3で論じた少数支配的な要因を極力排除するため。そうした要因による格差はイノベーションにはつながらないので。
- 社会保障によるリスクシェアリングがイノベーションを促進する、という論点*4については、これを否定するものではない。しかし我々の主な論点は、起業家の成功報酬が重要、ということにある。その点はアレクシ・ド・トクヴィルが200年以上前に指摘している。
- イグレシアスの指摘した特許がイノベーションの一面しか捉えていないという問題は、特許という豊富なデータを無視してよい理由にはならない。特許がマクロや企業レベルでの成長と相関していることを示す研究は存在する。また、特許出願数は国ごとの制度の違いの影響を受けるにしても、引用頻度が高い特許を見ることによってそうした影響は抑えられるはず。その比較においても、米国の優位は変わらない。