デフレ脱却と相転移のアナロジー・補足

昨日の貨幣数量方程式(MV=PY)に基づく経済システムの相転移のアナロジーについて、その後思いついたことを補足しておく。

ギブスの自由エネルギーと貨幣超過需要関数のアナロジーについて

昨日のエントリでも参考にしたキッテルでは、ギブスの自由エネルギーの説明において、「温度τの熱だめR1と熱的に接触していて、そして圧力が一定圧pを保ち、熱をやりとりすることはできない圧力だめR2と力学的に接触している1つの系」を例に取っている(下図左)。
ギブスの自由エネルギーGは
  G ≡ U - τσ + pV
として定義されるので(Uは内部エネルギー、σはエントロピー、Vは体積)、その微分
  dG = dU - τdσ - σdτ + pdV + Vdp
となるが、上記の系Sではdτ=0かつdp=0であるから、
  dGS = dUS - τdσS + pdVS
となる。熱力学の恒等式より、これはゼロに等しくなる。そうした均衡が各τとpについて成立していることを前提に、τとpの変化に対する系の変化を見るのが、ギブスの自由エネルギーを用いた熱力学の考え方、ということになる*1

一方、昨日のエントリでは
  G ≡ PY - MV
貨幣需要超過関数を定義し、それをギブスの自由エネルギーに準えて相転移の関係式を展開した。上のキッテルの例に倣えば、これは、貨幣供給Mの中央銀行と金融的に接触していると同時に、実質GDPがYの実体経済と実物経済的に接触している系を考えていることに相当する(上図右)。この系が金融と実体経済の均衡をもたらす、と考えるわけである。よってこの系では
  dGS = YdPS - MdVS
となるが、貨幣数量方程式により、これはゼロに等しくなる。そうした均衡が各MとYについて成立していることを前提に、MとYの変化に対する系の変化を見ようとしたのが、昨日のエントリの考え方だったわけだ。


相図とケチャップ理論

相転移と言えば、固相、液相、気相の相図が付き物であるが、これを今回考察した経済の相転移について当てはめてみると以下のような感じになろうか。

量的緩和の考え方は、現在は「流動性の罠相」にいるので、矢印(A)のように貨幣供給を増やすことにより「通常相」に相転移しよう、ということになる。その相転移に際しては「潜熱」があるので、貨幣供給の増加幅は多めにする必要がある、というのが昨日のエントリで示したところである。


一方、量的緩和に懐疑的な論者は、そのように多めの貨幣供給を行うと、矢印(B)のように通常相を一気に飛び越えて「ハイパーインフレ相」まで行ってしまうのではないか、と警告する。即ちあまり量的緩和の度合いを大きくすると、融解熱に加えて気化熱まで系にもたらすことになるのではないか、というわけだ(あるいは、矢印(C)のように、現在の実体経済の実力では、いきなり流動性の罠相からハイパーインフレ相に移行してしまう、と考えている論者も中にはいるかもしれない)。


ただ、そうした非リフレ論者も、流動性の罠相からの脱出の経路としては、やはり矢印(A)のような道筋を考えているものと思われる。ただしその際、Mの増加によって相転移が実現するのではなく、実体経済が健全化してYが上昇し、「経済の将来に明るい見通しをもって皆が行動し始める」ことによって潜熱もいつの間にかクリアして相転移が実現する、といった経路を考えているものと思われる。

*1:キッテルはそこから
  dG = μdN - σdτ + Vdp
という式を導き出している。ここでμは一粒子当たりの化学ポテンシャル、Nは粒子数である。なお、通常の相転移の議論ではNは一定としており、昨日の議論もそれを踏襲しているが、経済における人口減少をこのNの減少として考察してみるのも面白いかもしれない。