Thomaによるシムズの業績の解説

Economist's Viewのこの解説を以下に簡単にまとめてみる。

  • シムズ以前の計量経済の構造モデルには、識別問題(identification problem)があった。これは、例えばすべての変数がすべての方程式に現われる場合、パラメータが推計できないという問題。
     例(XとYを数量と価格などの内生変数として):
    • Yt = a0 + a1Xt + a2Yt-1 + a3Xt-1 + ut
    • Xt = b0 + b1Yt + b2Yt-1 + b3Xt-1 + vt
  • 上例でパラメータaやbを推計するためには、まず、排除制約(exclusion restriction)を課さなくてはならない。具体的には、a1もしくはb1をゼロと置くことにより、片方の式から変数を排除しなくてはならない。
  • しかし、識別問題のためだけに変数を排除すると、モデルの誤った定式化、および推計バイアスにつながる。シムズ以前の研究者は、取りあえずそれを無視してあちこちで変数の排除を行いながら大規模計量経済モデルを推計していた。シムズがMacroeconomics and Realityで指摘したのは、そうした排除は理論を無視したアドホックなものであり、弁護できるものでは無い、ということ。特に期待がモデルに入っていると問題であった(∵期待は通常モデルの他の変数すべてに依存するので)。
  • そこでシムズが提唱したのが、構造モデルを捨て、一般化された誘導型モデルを用いること。多くの場合、これは構造パラメータの推計を諦めることになる。例えば上例を誘導型に変換し、内生変数が外生変数と先決変数だけで決まるようにすると次のようになる:
    • Xt = [1/(1-a1b1)]{(a0 + a1b0) + (a1b2 + a2)Yt-1 + (a1b3 + a3)Xt-1 + a1vt + ut}
    • Yt = [1/(1-a1b1)]{(b0 + b1a0) + (b1a2 + b2)Yt-1 + (b1a3 + b3)Xt-1 + vt + b1ut}

    推計式の形としては:

    • Xt = c0 + c1Yt-1 + c2Xt-1 + a1vt + ut
    • Yt = d0 + d1Yt-1 + d2Xt-1 + vt + b1ut

    これがVARモデルである。

  • 当初、シムズはこのモデルから重要な考察が得られると考えていた。例えば、Xを貨幣、Yを生産とすれば、貨幣へのショックが生産を経時的にどのように変化させるかをインパルス反応関数で理解することができる。貨幣が生産の変動の原因になるかという因果性のテストもこのモデルを用いて行うことができる(このシムズの因果性テストは基本的にグレンジャーの因果性テストと同じものであったが、シムズは、インパルス反応関数と分散分解により、それを3つ以上の変数の系に適用できるようにするという重要な貢献を行った)。
  • しかし、CooleyとLeRoyが重要な論文*1で指摘したように、このモデルにおいても構造的仮定の問題を免れてはいない。上例で言えば、我々が興味があるのは貨幣へのショックvtであるが、誘導型の二式を回帰で推計した場合、誤差項として推計されるのは各式についてそれぞれa1vt+utとvt+b1utというvtとutの線形結合であり、求めるショックを単体で取り出すことができない。
  • 求めるショックを推計するには、a1もしくはb1をゼロと置くことになる。仮にb1をゼロと置けば、誘導型の二番目の式の回帰によってvtを推計することができる。ただ、b1をゼロと置くことはYtの排除に他ならず、排除制約という元の問題に立ち戻ってしまう。
  • そこで効いてくるのがシムズの構造VARモデル。そこでは、ある種の制約(例えば、貨幣が生産に反応するのには情報の問題などによってラグがある)が理論的に擁護できれば、t期の生産を貨幣の構造式の右辺に入れる必要は無く、b1をゼロと置ける、ということが言える。このように排除制約が理論に裏付けられているところが、シムズ以前の大規模計量経済モデルの時代との大きな違い*2
  • さらに、貨幣は生産に短期的には影響するが、長期的には価格にのみ影響するという標準的なマクロ経済学の仮定を適用すれば、これは識別制約として課すことができ、排除制約は必要なくなる(Blanchard-Quah*3 and Shapiro-Watson*4 techniques)。

*1:多分これ

*2:素人目には、そうした排除制約がVARモデルで擁護できれば、計量経済モデルでも擁護可能な気もするが…。例えばジェームズ・ハミルトンの「Time Series Analysis」では、「For example, the ordering in [11.6.17] is clearly somewhat arbitrary, and the exclusion restrictions are difficult to defend. Indeed, if there were compelling identifying assumptions for such a system, the fierce debates among macroeconomists would have been settled long ago!」(pp.335-336)と書かれている(なお、この引用文で言及されている「the ordering in [11.6.17]」は、まさに変数間の影響のラグを仮定すること[金利→貨幣→生産→価格]によって定められている)。ちなみに、このエントリのコメント欄でpeteというコメンターは、「Sims and the RE crowd were concerned about "incredible identifying restrictions" and ad hocery...My conclusion is that what is incredible and what is ad hoc seem to be in the eye of the beholder.」という皮肉っぽいコメントを投げている。

*3:多分これ

*4:多分これ