金持ちはつらいよ

先日、シカゴ大の法学教授がブログを止める、という“事件”があった。あるエントリが攻撃の的になり、その対応で家族を含め精神的に消耗したため、という(残念ながら)良くあるパターンだったが、攻撃にクルーグマンやデロングが加わったために一気に炎上したようだ。


その法学教授の名はトッド・ヘンダーソン(Todd Henderson)Truth on the Marketという法学者と経済学者による集団ブログの一員だった。問題の9/15エントリを9/20に削除した上で、翌21日に断筆宣言をしている


炎上のきっかけとなったのはデロングの9/18エントリ。この日彼は、この件に関して2つエントリを立てている。最初のエントリは11:46AMのエントリで、そちらは問題のヘンダーソンのエントリを取り上げたMichael O'Hareのブログを紹介するに留まっている。しかし、それに対しヘンダーソン自身(少なくともそう名乗る人物)がコメントを付けた際、デロング自身の意見はそこでは何も表明されていないにも関わらず、これは個人攻撃だと批判した上に、誤ってデロングをデリングと記述してしまったことが、デロングに火を付けてしまったらしい。じゃあデリングさん自ら反論しましょう、ということで、次の03:38PMのエントリが立てられた。それをクルーグマンここここ*1)やEconomist's Viewが取り上げ、騒ぎが一気に広まった。


上述の通り、ヘンダーソンの元のエントリは既に削除されているが、デロングの2回目のエントリにまるごと引用されている(ただし削除騒ぎの後、デロングは自分のエントリのTodd Hendersonという文字列をすべてXxxx Xxxxxxxxxと伏字に変換している)。概要は以下の通り。

  • オバマ政権は、ブッシュ減税廃止により、25万ドル超の収入を得ている家計の税金を引き上げようとしている。自分は法学教授であり、妻も医者として働いているので、その25万超のカテゴリに入ってしまう(ただし、大幅に超えている訳ではない)。だが、家計内容は火の車に近く、増税を賄う余地は無い。
  • 家計の最大支出項目は税金で、連邦税と州税を合わせて10万ドル近くに達する。2番目の支出項目は不動産関連。また、固定資産税に1万5000ドル、子供の私立学校の学費、奨学金ローン(妻は25万ドル、自分はそれよりは少ない)を支出している。おまけに愛国的行為として株式市場に投資しているが、そこでの損失もある。
  • その他、日常の諸々の諸経費を差し引くと、手元には月々数百ドルしか残らない。もしここで増税されると、様々な消費支出を切り詰めざるを得ない。だが、そうして消費を削って納めた税金により賄われる政府の支出が、元の消費支出より賢く使われているとどうして言えるのか?
  • また、それでも足りなければ、家を売らざるを得ない。それは不動産の下落に拍車を掛けることになり、政府の本来の意図に反するだろう。
  • 政府の計画の問題点は、ケイマン諸島に資産を退避させている超富裕層は税金を払わないままで、我々のようにそこそこ裕福なものが増税される、という点にある。


これを受けてデロングは、Michael O'Hareの試算を援用しながら、ヘンダーソンの家計収入を45万5000ドルと推計している(この数字はその後独り歩きすることになるが、9/21の断筆宣言エントリでヘンダーソンはそんなには無い、と否定している)。これは確実に、全米の家計収入の最上位1%以内に位置する。そして、ヘンダーソンの錯覚は、自分たちの収入ならば、高い奨学金を返済し、401Kを積み立て、株式に投資し、新車を運転し、大きな家に住み、子供を私立に通わせ、それでいて手元には潤沢に現金が残るはずだ、と思い込んでいることにある、と指摘する。


そしてデロングは、彼のその錯覚の理由を、以下のように解説する。

  • 1980年には、最上位1%の下限の家計の年収は、現在の貨幣価値にして19万ドルだった。また、最上位10%の下限の家計の年収は、8万5000ドルだった。そして、最上位1%の家計のうち9割は、19万ドルの3倍=57万ドル以下だった。19万ドルの7倍以上の収入があったのは、最上位1%のそのまた1%程度だった。ヘンダーソンが1980年にいたならば、自分より高収入の家計は、平均して自分の年収の4倍程度だったことになる。
  • 然るに現在では、最上位1%の下限の家計の年収は40万ドル近くと30年前の2倍になった。一方で最上位10%の下限の家計の年収は20年で20%程度の割合しか伸びておらず、11万ドルに留まる*2。では、ヘンダーソンは所得階層の上位10%に位置する人々と、1%に位置する自分との格差が、一世代の間に2倍から3.5倍に広がったことに驚くだろうか? いいや、驚くことは無いだろう。というのは、ヘンダーソンの視線は自分より上に向けられ、下に向けられることはまず無いからだ。
  • 自分より上に視線を向けると、そのうちの1割は自分の4倍以上稼いでいる。また、1%は20倍以上稼いでいる。これは一世代前とは異なった風景であり、今のヘンダーソンはそれに我慢できない。そして奇妙なことに、その怒りは、上前を撥ねる法律事務所のパートナーや(今回の不況をもたらした)金融業界には向かわず、増税によって財政赤字を埋めようとするバラク・オバマ、および、社会保障を受け取る一般大衆に向けられる。

その上でデロングは、ヘンダーソンは、年収の中位値の9倍を稼いでいる自分が平均的米国人だという振りをやめるべきであり、また、米国の現状とその政策についてもっと理解すべきである、と諌めている。


なお、デロングはこの後、この問題に関するエントリを以下のように大量に立てている。
●9/19
Relative Deprivation and the Put-Upon American Merely Upper Class
Something I Want But Do Not Have...
●9/20
Felix Salmon on Whinging in Public...
Paul Krugman on the Displaced (and Misplaced) Ressentiment of the Merely Rich
Todd Henderson's Century-Ago Predecessor: G.H.M in the Atlantic Monthly in May 1905
Pity the Poor Couple Who Make $450,000 Per Year (Yet Another Failure of Our 'Elite' Educational System)...
Oh Dear...
We are the Super Rich
We *Are* the Rich
Daniel Shaviro Speaks Sense
●9/21
Scott Lemieux: People who make $400K a Year: Very Affluent



デロングはまた、ヘンダーソンのブログ停止を嘆いたThe Conglomerate Blog(通称Glom)9/21エントリにコメントしヘンダーソンのエントリには4つの問題点があった、と追い討ちを掛けるような駄目出しをしている。

  1. ケイマン諸島に資産を退避させている超富裕層云々という文言で温度を上げた。
  2. クリントン時代に限界税率を戻すことを、能力に応じて払い必要に応じて取るというマルクス主義的な動き、と表現し、温度を上げた。
  3. 夫婦の収入を25万ドルを少し超える程度と書いておきながら、限界税率の上昇で大いに影響を受ける、とも書いている。4.6%の税率引き上げでたとえば増税額が1万ドルならば、収入は46万ドル程度(Adjusted Gross Incomeで50万ドル超)ということになる。
  4. 過去のエントリを見ると、クルーグマンケインズ経済学を否定するような発言をしている。しかし、今回のエントリに記されている増税による自分の支出削減とその波及効果の話は、ケインズ経済学にほかならない。

*1:9/20のop-edもこの話の延長線上にあると言える。

*2:30年間に30%と考えると、8.5×1.3≒11万ドル。