マンキュー「左派陣営のブログを炎上させるって楽しいな♪」

okemosさんの予想にお応えして(?)、今日は昨日紹介したマンキューコラムへの各論者の反応を簡単に紹介してみる。

  • Mark Thoma
    • マンキューならば学者としてではなく、より高給のコンサルタントとしても成功するだろう。そうしないのは、彼にとって金銭がすべての問題では無いことを物語っている。事あるごとに自分がハーバードの教授であることを吹聴するのは、そうした形で自我を満足させることが、彼にとっては金銭的なものに匹敵することの表れではないか? 従って、論説記事でそうした自我を満足させられるならば、彼は実はタダでも書くのではないか?
    • 増税が実施された後、実際に彼が論説執筆を止めるかどうかとくとご覧あれ。
  • デロング
    • マンキューがその顧問だったブッシュ政権は、減税とメディケア・パートDと軍拡を実施したが、それに対応する財源の手当てを行わなかった。フリードマンが好んで言ったように、財政支出は税金を伴う(to spend is to tax)のだ。オバマ政権の財政を健全化しようとする動きは、将来の税金を減らすので、マンキューの執筆動機を増やしこそすれ、減らすことは無い。
    • また、オバマ政権の医療改革により、将来の医療費高騰に枠が嵌められた。その仕組みが(共和党の廃止に向けた動きにも関わらず)そのまま存続するならば、やはり将来マンキューの子供たちが支払う税金は低下する。
    • そもそも論説記事を金銭的動機で書くという発想が間違っている。皆がそういう動機で記事を書くような社会は存続できないだろう。
  • アンドリュー・ゲルマン
    • 2008年10月時点ではマンキューはオバマ政権の限界税率が93%になると見込んでいたのだから、それに比べれば90%は低いではないか。
    • 仕事の動機が金銭的なものだけ、というのは正しくない。ここで彼は、意思決定というものをあまりにも単純化している。
  • ケビン・ドラム
    • ブッシュ減税廃止の効果は実は小さいので、マンキューは30年複利という形でそれを拡大した。しかし、それでも2000ドルと1700ドルで、それほど大きな差にはならない(しかも、現実には額面通りの税率で払っている人はいないので、実際の差はもっと小さいだろう)。
    • 最終的に1700ドルを1000ドルまで減らすことで大きな差があるように見せているが、それは相続税をゼロの場合と比較しているためだ。しかし、相続税ゼロという今年は極端な例である。また、何百万ドルもの控除があるので、マンキューが巨額の遺産を子供に残すのでなければ、相続税は掛からない。
    • また、マンキューは、子供のためだけに執筆するとしているほか、30年後と現在を(割引率ゼロで)同等に評価している。それは人間の行動の描写としては無理があるだろう。
    • そもそもブッシュ減税の後で、マンキューは外部向け執筆を倍に増やしたのか?
  • カール・スミス
    • マンキューは家族全体のことを考えて労働するか否かを決定するとしているが、これは自分がかねて唱えてきた仮説と符合する。
    • なお、マンキューは子供が苦労しないように遺産を残すと書いているが、換言すれば、それは子供の労働意欲を削いでいることになる。実際、金持ちの子供は、中国を一年間バックパックで旅行したり、学位をもう一つ取得するために大学に長く残ったり、趣味に走るために高給の仕事を袖にしたり、ということを平気で行う。
    • 別の言い方をすれば、家族の外の世界での再分配を強化することは、家族の中での再分配を弱めることになる。結果として、再分配政策がインセンティブ全体に与える影響は、それほど大きくないのかもしれない。また、このことは、再分配政策と不平等について様々な興味深い課題を投げ掛けているように思われる。
  • タイラー・コーエン
    • マンキューのコラムは、そもそも現行の限界税率が道徳的に正しくない可能性を提示しているのかもしれない。(Thomaが言うような)自我の問題は、その問題とは無関係である。
    • それでも現行税制を擁護するとすれば、以下のような理屈が考えられる:
      1. 実際には、皆は短期的な自我の満足のために短期的視野で働いており、そのために、長期に亘る高い税金というものが機能する。
      2. 税金は、長期的視野で働く人と短期的視野で働く人に対し、効果的な価格差別化を行っている。前者は高い税金を避けようとするが、後者は素直に納税する。また後者は、税率の変化に応じて労働供給を変えることをあまりしない人でもある。マンキューの批判者は、前者に属するマンキューを、無理に後者に押し込めようとしているように見える。
    • 自分の見方では2番目の説明の方がもっともらしいが、どちらの理屈も検討の余地がある。ただし、いずれも前述の道徳的問題を回避していない。
  • ライアン・アベント
    • 財政支出は税金を伴うので、減税には限度がある。従って問題は、どの税金を減らしてどの税金を増やすか、ということであるべき。そうした各種減税の効果の比較は、まさに経済学者の仕事ではないか。その際、(ピグークラブを主宰するマンキューが常に指摘するように)外部不経済に課税し、所得や投資への税金を減らす、というのが一般的な方向性である。ところが、実際の政策の話になると、むしろ(個人の)価値判断が重視される。
    • 今回のマンキューのコラムでも、インセンティブに関する経済学の数学を展開しておきながら、最後には、“そうしたインセンティブの変化によって高給だが優れた労働者(俳優、作家、歌手、医者)によるサービスが減少したら皆さんがお困りでしょう”、と価値判断の方に話を持って行っている。だが、“そうしたサービスの減少を代償として教育の質が向上したり政府債務が減ったりするならば、それはそれで結構、そもそもそうしたインセンティブに反応する奴は碌な奴ではない”、と思う読者もいるだろう。一方で金持ちは、税率の高さを問題にする際、その効率性を問題にするのではなく、自分の金が盗まれている、という反応をする。その意味で、このコラムは、価値判断に対する経済学の無力さを図らずも明らかにしたもののように見える。
  • Reihan Salam(cf. Wikipedia
    • ケビン・ドラムの評価に反し、マンキューはむしろ限界税率の変化の影響を控えめにしか述べていない。問題は労働意欲への直接的影響ではなく、労働文化全体に与える影響なのだ。
    • ライアン・アベントの意見に反し、皆は税金の使い道を気にしている。まずは無駄な支出を洗い出すのが第一。控除や免税の規模を縮小するのが第二で、増税はあくまでもその後の話とすべき。
  • アーノルド・クリング
    • 金銭的報酬以外に、社会的地位は確かに重要な要素。大卒の両親は、自分の子供が年収6万ドルの空調の修理工になるよりは、年収4万ドルの専門的職業に就くことを望むだろう。
    • 現在は、職に就いていることのステータスが高いので、限界税率を上げても仕事を辞める人は限られる。しかし、仕事に就いていない引きこもりの割合が増えると、そうした引きこもりのステータスも相対的に上昇し、結果として働かない人が増えるだろう。そうした形での文化的影響は、皆の予想を上回るものになるかもしれない。また、そうした影響は、高所得よりも中所得の層で深刻なものとなるのではないか。
  • John Schmitt
    • 税金の無い世界との比較にどんな意味がある?
    • 相続税が発生するのは3人の子供にそれぞれ40万ドルの遺産を残す場合。
    • 8%という利回りはどこから出てきた?
    • 労働の金銭的動機以外の面を無視している。
    • 子供の労働意欲を損なうという面を無視している。マンキューの同僚のバローは、失業手当によって失業者の就労意欲が損なわれるのを心配したが、それと同じ心配をすべきでは?
    • Uwe Reinhardtがデロングのブログでコメントしたように、マンキューの論説が多くなるか少なくなるかの問題ではなく、マンキューの論説を代償として戦闘員に適切な装備が提供されたりウェイトレスやタクシー運転手に適切な健康保険が提供されたりするか、の問題なのだ。
  • Linda BealeAngry Bearクロスポスト
    • マンキューは、トッド・ヘンダーソンと同じく、自分自身を客観的に分析できると考え、かつ、自身を分析対象の代表例として相応しいと見做す、という誤謬に陥っている。
    • 子供のためというのが本当ならば、たとえ1000ドルでも余計に稼ぐのが良いのでは? むしろ、実際に増税される前に仕事のペースを増やすべきでは?
    • 法人税の実効税率は、抜け穴や各種免税措置を考えると、額面の35%より低く、25%くらいでは? また、すべて株主の負担に回る、というのもそれほど自明では無い。
    • 相続税の控除を考えれば、マンキュー家にとってその実効税率は14%くらい?
    • 8%の利回りが確保できるのは、政府の様々な制度や法の整備があってこそ。税金の無い世界で8%を想定するのは誤り。
    • 各界の高給取りのスターが、増税によるインセンティブの低下によって仕事を断ったとしても、代役はいくらでもいるのでは? 例えばマンキューが論説執筆を断ったら、若い経済学者にチャンスが巡ってくることになるのでは?

こうした反応に対し、マンキューはブログで以下の3点をコメントしている

  1. 税金の無い状況を基準としたのは、外部性が無ければ、税による歪みの無い状態で資源配分が最適化される、という経済学の考えに基づく。死荷重は税率の二乗で効いてくるので、元の税率が高ければ、1%の税率変化でも大きな意味を持つ。
  2. 節税については、自分も可能な範囲でやっている。しかしそれにも限界があり、平均税率を下げられたとしても、限界税率には影響しない。
  3. 金銭以外の動機があるのはもちろんである。それを否定したことは無い。経済モデルでの人々の活動は、金銭的利益を生み出す仕事と、それを生み出さない余暇とに単純に二分されるが、実際はもっと複雑である。例えば、自分にとって左派陣営のブロゴスフィアを炎上させるような論説を書くのは、「所得を生み出す仕事」というより「楽しむ仕事」である。