クリントン元大統領がデリバティブ規制についてABCテレビで語ったことが波紋を呼んでいる。そこで彼は、ルービン、サマーズ両財務長官からデリバティブ規制はしなくて良いという誤った助言を受け、それを自分も鵜呑みにしてしまった、と反省の弁を述べている(cf. 取材したABC記者のブログエントリ、ブルームバーグ日本語記事)。
クリントンのデリバティブ規制に関する反省の弁は以前も拙ブログで紹介したことがあったが、その時に比べルービン、サマーズの責任に一歩踏み込んだ印象を受ける。実際、ABCブログでは、クリントンのアドバイザーDoug Bandによる以下の火消し声明を追記で紹介しており、ルービン、サマーズではなくグリーンスパンに責任を負わせるという従来のスタンスを維持することにクリントン周辺が躍起になったことを伺わせる。
After the show Sunday, Clinton Counselor Doug Band wrote me to say that "during the interview, reflecting on a derivatives debate that occurred twelve years ago, President Clinton inadvertently conflated an analysis he received on a specific derivatives proposal with then-Federal Reserve Chairman Alan Greenspan's arguments against any regulation of derivatives."
Band wrote that President Clinton "still wishes, as he has said several times, that he had pursued legislation to provide additional regulatory authority in this area, even though the Republican majority in Congress would have blocked such an effort. And he remains convinced that he received excellent advice on the economy and the financial system from his economic team, led by treasury Secretaries Bentsen, Rubin and Summers; that Chairman Greenspan served the nation well during those 8 years; and that SEC Chairman Arthur Levitt, and others in regulatory positions fulfilled their responsibilities in a manner that supported remarkable growth without improvident risk."
(拙訳)
日曜の番組放映後、クリントンの助言者であるダグ・バンドが次のように書いて寄こした。「インタビューの最中、12年前のデリバティブに関する論争を思い起こした際に、クリントン元大統領は、ある特定のデリバティブに関して彼が受領した分析と、当時のFRB議長アラン・グリーンスパンのいかなるデリバティブ規制にも反対という議論とを、思わず混同してしまった。」
バンドはまた、クリントン元大統領は「これまで何度も言ってきたように、この分野でさらに規制権限を強めるための法律制定を追求すべきだったと今も考えている。ただ、当時議会で多数派だった共和党がそうした動きを阻止しただろうが。また、彼は、以下のことを今も確信している。即ち、ベンツェン、ルービン、サマーズの各財務長官が率いた政権の経済チームから経済や金融システムに関して優れた助言を受けたこと;クリントン在任の8年間グリーンスパン議長が国に良く尽くしてくれたこと;アーサー・レビットSEC委員長を初めとする監督当局にいた人々が責任を全うし、目覚しい経済成長が思わぬリスクに足を取られることが無いように支えてくれたこと」と書いた。
ただ、これで一度付いた火が簡単に消えるはずも無く、ブロゴスフィアで改めてルービンの責任論が浮上した。
たとえば、ダン・フルームキン(Dan Froomkin)というジャーナリストは、4/20に開催されたハミルトン・プロジェクトのフォーラムの合間にルービンに突撃取材し、「私はゴールドマン時代からデリバティブを規制すべきだと考えていた」というコメントを彼から得ている。ただ、フルームキンはこのコメントに納得しておらず、ハッフィントンポストに書いた記事は、ルービンのこれまでのデリバティブ規制に対するスタンスを強く批判するものになっている。
それに対しルービン擁護に立ち上がったのがデロングで、4/21ブログエントリで、ルービンの1990年代後半の立場を、以下の5つの側面から分析してみせた。
- デリバティブは規制すべき――適切な開示、資本の対応、特に洗練されていない投資家保護のために情報提示の要求といった手段で。
- フィル・グラムは上院の銀行委員会の委員長であったが、常に規制を多くするよりも少なくすることを求めた。下院ではさらにその傾向が強かった。
- ブルックスリー・ボーン*1と彼女の組織は、デリバティブを規制するのに相応しい機関では無かった。
- デリバティブの規制は軽くて良い。というのは、それは金融市場の限られた特殊な一角を占めるだけであり、システム全体の脅威になるような規模の代物では無い。
- FRBは金融危機を抑え込んで経済を脅やかすのを防ぐ適切な力を持っており、また、彼らもデリバティブについて心配していない。
その上でデロングは、ルービンは(1), (2), (3)について正しかったし、(4)についても在任中は正しかった、と評価する。(4)については、デリバティブが金融システムへの脅威になるまでに成長したのは2000年代になってから、というのがデロングの指摘である。しかし、ルービンは(5)については完全に間違っており、その点はデロング自身も同罪だと認めている。
また、デロングは、自分が正しくてルービンが間違っていた点として、デリバティブの不透明性の問題を挙げる。ルービンは、ウォール街の大手金融機関の上級管理者は、デリバティブの会計もリスクも部下の行動もきちんと把握していると信じていたが、それは誤りだった、と断じている。
このデロングのエントリはあちこちの経済ブログで取り上げられたが、賛同する声は少ないようだ。
Economist's ViewのMark Thomaは、このようなリストアップもルービンを免責するわけではない、問題はルービンが醸成に寄与した規制反対の空気であり、それがデリバティブ市場の規模が拡大した後も必要な規制を実施する妨げになったのだ、とコメントしている。
The Baseline Scenarioのジェームズ・クワックは、どこか中途半端な弁護(somewhat lukewarm defense)と評した。
Economixのデビッド・レオンハートは、直接の論評は控えているものの、デロングがかつてクリントン政権で短期間ルービンの下で働いていたことを指摘した。
HEC Montréalの教授Simon van Nordenは、WCIブログのゲストエントリで、デロングの(4)と(5)はLTCMを無視している、と批判した。1998年9月23日のLTCM破綻は、FRBの直接の監督下に無い金融機関(ヘッジファンド)の破綻が金融システムを揺るがしかねないことを示した。従って、デロングの(4)と(5)が間違っていることが明らかになったのは2000年代になってからではなく、その時だったのだ、しかも、ルービンは当時まだ財務長官だった(退任は翌1999年の半ば)、とvan Nordenは指摘する*2。
なお、デロングの論点(3)については、元財務省職員のノーマン・カールトン(Norman Carleton)が自ブログの4/10付けの2つのエントリ(ここ、ここ)で論じており、それをデロングが自説の補強材料として引用している。一方、ジェームズ・クワックも前述のエントリでこのカールトンのエントリを取り上げて、以下のように批判している。
Rubin had proposed to Born that, instead of the CFTC asking questions about the need for regulation of the OTC derivatives market, the President’s Working Group on Financial Markets issue the questions. Born point blank refused this suggestion, thus pushing Rubin into Greenspan’s camp, much to the relief of ISDA and other Wall Street groups lobbying on this issue. They knew they had a problem with Rubin.
Brooksley Born was so sure she was right in her legal position that she could not compromise in face of the practical and political realities. While, not to make too fine a point about it, she has been proven right and Greenspan wrong about the dangers of the OTC derivatives market, Greenspan was the better politician. History might have been different if Born had agreed to Rubin’s suggestion.I say “bizarre” because Carleton’s implication, not to make too fine a point about it, is that the failure to regulate OTC derivatives is Born’s fault (the title of the post is “The Importance of Political Competence”), because if she had agreed with Rubin’s suggestion, then Greenspan would have been in the minority and derivatives would have been regulated. The picture you get in your mind is Greenspan and Born on the two sides and Rubin in the middle trying to broker a compromise with Born. (Although I wonder why Rubin, one of the most powerful figures in the administration, felt like he had to side with Greenspan simply because Born wouldn’t agree with him.)
(拙訳)
《カールトンの2番目のエントリの結論部》
ルービンは、店頭デリバティブ市場の規制の必要性についての質問を、CFTCではなく大統領の金融市場に関するワーキンググループが出すようにしてはどうか、と提案した。ボーンはにべもなくその提案を撥ね付け、ルービンをグリーンスパンの陣地に押しやった。それによって、この件についてロビー活動を展開していたISDAを初めとするウォール街の団体は安堵の胸をなでおろした。彼らは、ルービンが相手だったら、ただでは済まないということを分かっていた。
ブルックスリー・ボーンは自分の法的立場に関して自信を持っていたので、実務ならびに政治の現実を前に妥協するということができなかった。店頭デリバティブ市場の危険性については、有体に言って彼女が正しくグリーンスパンが間違っていたことが証明されたが、グリーンスパンは政治家として彼女より優れていた。ボーンがルービンの提案を受けていたら歴史は変わっていただろう。このカールトンの議論が奇妙だと思うのは、有体に言って、店頭デリバティブ市場の規制に失敗したことをボーンのせいにしているからだ(エントリのタイトルは「政治能力の重要性」となっている)。ボーンがルービンの提案を受けていれば、グリーンスパンが少数派になり、デリバティブは規制されていた、というわけだ。この文章からイメージされる構図は、グリーンスパンとボーンが両端におり、ルービンがその中間にいてボーンに妥協案を呑ませようとしている、というものになる(政権内で最も力のある一人であるルービンが、ボーンが同意しなかったという理由だけでなぜグリーンスパン側につかねばならないと考えたのか、私には不思議に思えるが)。