Gメン'09

米経済ブログ界で話題になったニューヨーカー記事の冒頭の写真(下記)を見て、このドラマのオープニング映像を連想した*1

…しかも彼らは文字通り"Government Men"だし。



記事の内容としては、写真の真ん中の丹波哲郎ならぬローレンス・サマーズに主に焦点を当てている。彼のオバマ政権内での活躍のみならず、生い立ちやハーバード学長時代の騒動など、これまでの来歴も一通り描いている(小生はこの記事で初めて彼に精神科医と弁護士の弟がいることや、2000年代に離婚と再婚を経験したことを知った)。


以下では、この記事について目に付いた米ブログ界の反応を拾ってみる。


マンキュー

  • (例によって)リンクによる紹介のみ。


クルーグマン

  • 記者(ライアン・リッツァ[Ryan Lizza])にインタビューを受けたが引用されなかった。めでたしめでたし。
  • 記事の中で、クリスティーナ・ローマーが財政刺激策の規模として1.2兆ドルという案を出したがサマーズに潰された、というくだりが興味深い。ローマーも私と同じような数字を考えていたわけだ。最終的に実現したのがその半分の6000億ドル程度だった*2ことを考えると、確かに政治的にはベストを尽くしたのかもしれない。だが、彼ら経済チーム(もしくは政治チーム)が現在の状況、すなわち刺激策の規模が足りなくて失業率が上がり続けている状況に陥る危険性について真剣に考えた形跡は記事からは伺えない。1/6ブログ記事*3に書いたように、当時もその危険性は明らかだったはずなのだが。


ディーン・ベーカー

  • 記事には問題が多すぎる。ニューヨーカー誌は歴史を書き換えようとしているのか?
    • 商業銀行部門と投資銀行部門を兼ね備えた銀行が最もうまく危機を切り抜けた? シティグループはどうなんだ?*4
    • ルービン・サマーズコンビによりもたらされた株式バブルや過度のドル高についての言及がない。その株式バブル崩壊が、ドル高と相俟って、住宅バブルの原因となった。サマーズが金融バブルを無視し、規制緩和を推進したことが今回の危機の一つの原因となったのだ*5
    • 記事の最後には、「これまでのところ、財政刺激策の規模が小さすぎるとか、銀行国有化以外に選択肢は無いとか、自動車会社の買収は資本主義の構造を壊してしまうとか信じていた人たちの最悪の懸念はどれも現実化していない」と書かれている。しかし、今、まさに財政刺激策の規模が小さすぎると主張していた者たちの最悪の懸念――失業率が10%付近の状態が長期化し、財政刺激策が信頼を失う――が現実になっている。ニューヨーカー誌の世界では違うのかもしれないが。


デロング

  • ディーン・ベーカーはとりあえず餅搗け。拡張政策が否定されたわけではないし、我々の最悪の懸念は失業率が15%まで上昇することだった。
  • 財政刺激策策定の際のエマニュエル、オルザグ、サマーズそれぞれの懸念はもっともだった。エマニュエルはあまり刺激策の規模が大きいと議会を通らないだろうと懸念し、オルザグは政府が大規模な財政支出を効果的に執行できないだろうと考え、サマーズは財政赤字によるドル不安と長期金利上昇を心配した。そのうち、今も当時と同じ程度にもっともだと思えるのは、エマニュエルの懸念だけである。
  • グラス・スティーガル廃止の影響については、投資銀行の文化が商業銀行を乗っ取ってしまったと見るスティグリッツと、投資銀行が商業銀行とくっついたことにより負債部分が安定し、危機を乗り切りやすくなった、と考える自分とでは見解が分かれたが、ブラインダーが自分と同意見だというのは嬉しい
  • ライアン・リッツァ記者は、サマーズの門下生であるジェームズ・ハインズ(James Hines)の言葉を誤解して伝えている。サマーズが経済学者相手に辛辣になるのは、軽蔑のためではなく、むしろそのアイディアを評価し、それがどの程度攻撃に耐えられるか見ようとしているためだ。


フェリックス・サーモン

  • 長い。11,500語以上。
  • 以下の重要な問題に触れていない。
  • サマーズから、デリバティブの件について反省の弁を引き出したのはお手柄(cf. ディーン・ベーカーの項の注)。また、ルービン回顧録から、サマーズがデリバティブのリスクにやや無頓着だったという記述を拾ってきたのも良い発見。
  • 当時、自分やクルーグマンやルービニは銀行の国有化を主張していたが、今にしてみれば、国有化しないというサマーズの決断は正しかった*6。当時の銀行システムや経済を取り巻いていた不確実性を考えると、ホワイトハウスにおいて、この件に関し、イデオロギー抜きで客観的に正しいことをしようとした人々の間で突っ込んだ議論がなされていたのは喜ばしい。
  • 記事の最後では、批判者たちの最悪の懸念が現実化しなかった、と書いているが、そうした危機回避を政権が実現できたことについては、まずオバマ自身が称えられるべきだろう。しかし、サマーズが重要な役割を果たしたことも疑いない。彼の反論と懐疑主義が、他の人々に緊張感を与え、知的正直と準備周到を維持させたであろうことは容易に想像できる。

*1:[10/12追記]:フェリックス・サーモンはレザボア・ドッグス連想したとの由。彼によると、ローマーはクリス・ペンとの由(こちらで言えば藤田美保子[もしくは森マリア、もしくは夏木マリ]になるか)。サーモンはさらにネクタイ模様と序列の関係について分析しているが、それはネタに走り過ぎの感も。

*2:この6000億ドルという数字の根拠が良く分からなかったが、7870億ドルのうちの減税2880億ドルの効果を半分程度と見積もったのかもしれない。

*3:cf. ここ。なお、クルーグマン10/3ブログエントリで、オバマ政権の財政刺激策を、アンツィオの戦いに喩えている。第二次世界大戦中のこのイタリア上陸作戦(映画化もされている)では、米軍司令官が用心深すぎたために失敗したと言われている。リンク先のWikipediaにあるように、チャーチルの「私は岸に山猫を放つことを望んでいたのだが、我々が手に入れたのは岸に打ち上げられたクジラだった("I had hoped we were hurling a wildcat into the shore, but all we got was a stranded whale")」という言葉が有名。一方、当の司令官は、「(本作戦は)ものすごくガリポリの臭いがする。どうやら同じアマチュアはまだコーチ席にいるらしい("[The operation] has a strong odour of Gallipoli and apparently the same amateur was still on the coach's bench")」とチャーチルを批判した言葉を残したとの由(ガリポリWikipediaの説明はこちら。ちなみにガリポリの戦いも若きメル・ギブソン主演で映画化されている)。

*4:ここでベーカーが問題にしたのは、"But others note that the pure investment banks, like Lehman Brothers, have been the greatest source of instability, while the banks with combined commercial and investment arms have fared the best."という文章であるが、これはあくまでもブラインダーやデロングの(グラス・スティーガル法廃止は危機の原因ではないという)見方を引用した文章である。その直前ではライシュやスティグリッツの逆の見方も引用しているので、この点で記事を攻撃するのはやや一方的に過ぎる気もする。後述のデロングの項も参照。

*5:なお、この点については記事中でもサマーズの反省の弁が引用されている:
Summers told me, “If we had known that derivatives markets would mushroom the way they did and that regulators would remain spectators, we would have acted. With hindsight, all of us with involvement in financial policy wish we had done more to forestall problems.”

*6:この点についてはサーモンにかなり異論が寄せられたようで、改めてフォローエントリを書いている。