岩本康志氏のハイパーインフレーションモデルについて

岩本康志氏ハイパーインフレーションについての簡単なモデルを提示した。しかし、モデル自体は簡潔で分かりやすいものの、その解釈ならびに提示された図がやや分かりにくいものになっている。そこで以下では、より直観的に分かりやすい解釈を試みてみる。


氏のモデルでは、財政赤字dが、貨幣供給の増分Δmと、インフレ率πと貨幣供給mを掛け合わせたπmで埋められることになっている(dとmは対GDP比に基準化されている)。すなわち
  d = Δm + πm                                 (1)

この式自体は分かりやすいのだが、奇妙なことに、ハイパーインフレーションがモデルの主眼であるにも関わらず、氏はπをmの関数として早々に内生化してしまう。その上で、dを一定としてΔmとmの関係を導き出し、mが減少していくのがハイパーインフレーションだ、という一見直観に反する結果を提示している。


氏の議論が分かりにくい理由の一つが、実質ベースと名目ベースの議論が峻別されていないことにある。たとえば氏が参照するローマーでは、名目ベースの貨幣成長率と実質ベースの貨幣成長率の関係を定式化し、それを基にシニョリッジを論じる、という形になっている。
ローマーの(10.63)式*1を、上の(1)式に合わせて書き直すと以下のようになる。
  gMm = Δm + πm                                (2)
ただしこの時のmは物価で基準化した実質貨幣供給であり、gM名目貨幣供給の成長率である。ローマーはこの式において、岩本氏と同様、Δmがマイナスになると論じているが、そうなるのは経済が提供可能な最大限のシニョリッジ以上を政府が求めた場合である、ときちんと説明している。その時に政府が求めるシニョリッジは(2)式の左辺のgMmにほかならず、Δmがマイナスであることから、式を成立させるにはπが増大するしかない、というのがローマーのハイパーインフレーションの説明である(その場合、名目貨幣成長率gMは当然π以上の大きなπにΔm/mを加えた値となり、マイナスになることはない。むしろgMの然るべきプラスの値を確保するために、πが大きくなるのである[3/16修正])。岩本氏のエントリではこうした何段階もの説明をすっ飛ばしているため、分かりづらいものになっているのである。


また、前述の通り、πを内生化してΔmとmの関係を図示しているのも分かりにくい(しかもその図にはdも示されていない)。(1)式を前提にする場合でも、たとえば以下の図の方が分かりやすいのではないだろうか。

ここでは財政赤字d=d0の時、貨幣供給増分Δmがそれを埋めるのに十分でないため、πmで補填する、という形で(1)式を図式化している。縦軸にd、横軸にmを取ったので、πは直線の傾きとして表されている。Δm3のようにΔmがマイナスになっている時、傾きπ3は大きくなる。一方、Δm1のようにΔmがある程度のプラスならば、傾きπ1は比較的緩やかになる。
このようにΔmが小さいほどπが大きくなるのは、m=π-1/a(ただしa>1)という貨幣需要関数を仮定しているためである。この時、d-Δm = π(a-1)/aとなるので、インフレで埋めるべきdとΔmの差分が大きいほどπが大きくなる必要があるわけだ。


また、以前のエントリの脚注で触れたように、ローマーによると、ハイパーインフレーションが終わる際には、物価が安定した後も名目貨幣供給が一定期間増大し続ける、という現象が見られるとのことである。これは、上図で言えば、緩やかなインフレと比較的大きなΔmとmが並存している傾きπ1の直線に相当すると言えるだろう。


なお、ここではΔm=0の時の傾きをπ2としているが、これは岩本氏の図の点Aに相当する。岩本氏は、この場合インフレ率は安定するものの、その値が大きなもの(岩本氏の例ではd=5%でインフレ率が50%)になり得ることを示している。ローマーも、政府が求めるシニョリッジが経済の提供可能範囲内に収まっていれば、インフレ率=名目貨幣供給伸び率もそれに従って一定値になるが、その値が大きくなり得ることを示している(シニョリッジが2%でインフレ率が24%、5%では70%、8%では142%)。

*1:小生が参照しているのは第二版。