池田信夫氏が法人税減税を取り上げた3/13エントリで、法人税減税は投資に効果は無い、という記述があった。そこで、少し調べてみると、野口悠紀雄氏が以下のようなことを書いていることがわかった。
法人税率を引き下げれば、税引き後の投資収益率は上昇する。このことをもって「法人税率の引き下げは投資を促進する」と考えがちであるが、そうはならない。なぜなら、支払い利子は法人税において全額損金算入されるため、法人税額を減少させる効果を持つからである。したがって、投資が借り入れで賄われる場合を考えると、法人税率の引き下げによって、資本コストも上昇する。投資資金の全額が借り入れで調達される場合には、税引き後投資収益率の上昇をちょうど打ち消すだけ資本コストが上昇する。したがって、法人税率の引き下げは投資を促進することにはならない。
法人税の軽減で経済は活性化しない | 「超」整理日記
しかし、これは通常の企業の投資理論に鑑みると、あまりに単純化され過ぎた話である。そこで、以前取り上げた配当割引モデルに税金を導入するとどうなるかを考えてみた。
当該(2008/8/13)エントリの最後に示したように、負債を導入した企業の企業価値VLは以下のようになる(記号は以前のものを踏襲するが、ただしそこでPやBに付けていたダッシュはここでは省略する)。
(1)
今、法人税率をτとすると、上式は以下のようになる。
(2)
企業価値はまた、利払いを含む利益全体を、企業全体の資本コストkLで割り引いたものとしても表せる。ここでは、その利益全体に取りあえず税金が掛かるものとし、利払いの損金算入の節税効果(いわゆるタックス・シールド)はkLに含まれるものとする。
(3)
(2)(3)式より
(4)
金利iに掛かる項だけを見ていると、確かに税率の減少が資本コストの上昇をもたらすように見える。しかし、税引き後利益(1-τ)rBBも上昇するため、これは必ずしも自明ではない。そこで、実際にτで微分してやると次のようになる。
(5)
(5)式の右辺は負なので、やはり税率の減少は常に資本コストの上昇をもたらすことが分かる。
問題は、野口氏の言うようにこの資本コストの上昇と利益率の上昇が相殺されるか、であるが、それには企業価値全体に与える税率の影響を見ればよい。そこで、(2)をτで微分すると
(6)
となる。これは常にマイナスなので、法人税減税のプラスの効果は節税効果減少のマイナスの効果で相殺されず、企業価値は常に高まることになる。その場合、トービンのqが上昇することになり、投資は促進される。
なお、野口氏は「投資資金の全額が借り入れで調達される場合には」という留保条件も付けているが、企業全体の利益は負債と株主資本の合計である資産が稼ぎ出し、資本コストは負債と株式それぞれの資本コストの加重平均で決まるので、企業価値全体を考える場合にはこれはあまり意味の無い留保条件である(良く知られている通り、税金や倒産リスクを考慮しない場合は、モジリアニ=ミラーの定理により、企業価値は負債と株主資本の構成比に無関係となる)。
ちなみに、上記ではタックス・シールド込みの企業全体の資本コストkLから話を進めたが、タックス・シールドを含んでいない企業全体の資本コストkを出発点にする、というやり方もある。その場合、(3)式は以下のようになる。
(7)
取りあえず利払いを含む利益全体に税が適用されるものとしたのは上記と同様だが、それに適用する資本コストをkとしている。その上で、毎期の実際の節税効果iτLをiで割り引いたものを足し込む、というわけである。この新たに付け加わった右辺第二項は、タックス・シールドを外出しにした形になっている。
(2)(7)式より
(8)
つまり、資本コストkは、株主資本コストkBと負債コストiを、株式時価総額Pと税調整後負債総額(1-τ)Lで加重平均したものになる。
(4)(8)式より、kとkLの関係が導かれる。
(9)
このkは、負債をまったく持たない場合の資本コストと捉えることもできる。
【参考文献】
- 作者: 井手正介,高橋文郎
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
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