ハイパーインフレーションモデルについての補足・その5

拙ブログの3/15エントリで岩本康志氏のハイパーインフレーションモデルに関するブログエントリを取り上げ、TBを打ったところ、岩本氏から直接のコメントを頂いた。その後も自分の勉強を兼ねてローマーの教科書を基にハイパーインフレーションモデルに関するエントリを重ねたが、それらについても岩本氏から度々コメントを頂いた。特に、直近の3/21エントリについては、かなり丁寧なコメントを頂き、ローマーの教科書だけでは見落としてしまう点に関するご教示を受け、非常に勉強になった。忙しい身の専門家が匿名の素人の一ブロガーにそこまでして頂いたことについては感謝に堪えない。


以下では、その3/21エントリに対するご指摘を自分なりにまとめた上で、自分なりの見解を示してみたい。


そこでの岩本氏の拙エントリに対する主要な批判は、ケーガンの貨幣需要関数を用いた場合のハイパーデフレーションの発生を無視している、というものである。そのハイパーデフレーションについては、Willem Buiterが最初に指摘したそうだが、ここでは岩本氏にご教示いただいた論文を基に、ざっくりとまとめてみる(記号はこれまでのものを踏襲する)。


3/16エントリで示したように、ケーガンの貨幣需要関数では、m = C・exp(-bπ) と表現できる。これをπについて解けば、π=(-1/b)・ln(m/C) となる。
このπを3/15エントリの式(1)に代入してΔmを左辺に持ってくると、
  Δm = d + (m/b)・ln(m/C)
これをmで微分すると
  ∂Δm/∂m = (1/b)・{ln(m/C) + 1}
よってΔmはm = C・exp(-1) の時に極値を取る。これをさらにmで微分した2次微分
  ∂2Δm/∂m2 = 1/bm
となって常に正なので、その極値は最小値であることが分かる。また、その時のΔmは
  Δm = d - (C/b)・exp(-1)
である。


ここで、3/16エントリで見た通り、m = C・exp(-1) は、mが時間的に変動しない定常状態においてシニョリッジの最大値d=d*を与えるmに相当する。その時、d* = (C/b)・exp(-1) であるので、上のΔmの最小値は
  Δm = d - d*
となることが分かる。


しかし、3/17エントリで記したように、ハイパーインフレーションが発生するのは、定常状態で可能な最大水準を超えたシニョリッジを得ようとした場合のはずである。ところが、上式からは、その場合はΔmはプラスになることが示されている。つまりこの時、mはどんどん増加していき、πはπ=(-1/b)・ln(m/C) に従ってどんどん低下していくことになる。これがいわゆるハイパーデフレーションである。


岩本氏の指摘によると、3/17エントリで紹介したように、ローマーがケーガンの貨幣需要関数を直接使用せず、アドホック的にも映るミーン・リバージョン的な関数を関数を用いたのは、Δmをマイナスにしてこうしたハイパーデフレーションの発生を避けるためだという。


ただし、ここで注意すべきは、このハイパーデフレーションの導出に当たっては、シニョリッジdが一定であることを仮定している点である。ここで、シニョリッジはd = gMm なので、これは
  ΔgM / gM = - (Δm / m)
を仮定していることに等しい。そこでΔmがプラスということは、一方で名目貨幣成長率gMがどんどん減少することを意味している。換言すれば、政府が債務をマネタイズする際、名目貨幣残高伸び率が縮小するものの、インフレがそれ以上に低下してくれるので、実質貨幣残高が増加し、シニョリッジが一定に保たれる、というわけである。


これが現実には起こり得ない状況であるのは明らかである。何が間違っているのだろうか?


小生の考えでは、本来(唯一の)政策変数であるはずの名目貨幣残高を内生化し、むしろ実質貨幣残高が操作可能な変数であるかのように扱ったことに問題があるように思う。


3/17エントリで小生は、gMが一定の場合のπの一般解を示し、それがd一定の場合のπの解の下界になる、という議論をそれ以降のエントリで展開した。それに対し岩本氏は、d一定の場合のπの方がむしろ小さいのではないか、と指摘された。それが上記のようにgMがどんどん低下していくことを前提にした場合ならば、gM一定の場合よりもπが小さくなるのは直観的にも理解できる。
だが、正直言ってしまうと、そうした病的なケースの解と比較をすることに意味があるようには思われない。それよりは、(自画自賛を覚悟で言うと)gMを一定にすると実質貨幣残高ならびにシニョリッジが縮小してしまうので、やむなくインフレ増大覚悟で名目貨幣残高を増やしてシニョリッジを維持する、というこれまで展開してきた議論の方が、シニョリッジ一定のハイパーインフレーションモデルとしてはより現実味があるように思われる。


なお、gM一定の場合には、Δmの表式は以下のようになる。
  Δm = gMm + (m/b)・ln(m/C)
これをmで微分すると
  ∂Δm/∂m = gM + (1/b)・{ln(m/C) + 1}
よってΔmはm = C・exp(-1-bgM) の時に極値を取る。これをさらにmで微分した2次微分
  ∂2Δm/∂m2 = 1/bm
となって常に正なので、その極値は最小値であることが分かる。また、その時のΔmは
  Δm = -(C/b)・exp(-1-bgM)
となり、常に負となる。即ち、gM一定の場合には、実質貨幣残高が縮小していく可能性が排除できない。もしそのような実質貨幣残高縮小の状況に陥った場合、gM = π + Δm/m なので、インフレ率が名目貨幣成長率より大きくなる。その時のπの一般解は、3/17エントリで導出した通り、
  π = gM + A・exp(t/b)
であり、時間を追って発散する項を含んでしまう。


ちなみに、3/21エントリのコメントで岩本氏は、gM = g + kπ (1>k≧0)のケースを考えてみてはどうか、と書かれたが*1、3/17の微分方程式 gM = -b(dπ/dt) + π にそれを代入すると
  π = g/(1-k) + A・exp((1-k)t/b)
という一般解が得られる。この第二項は、確かにkが1に近づくにつれ時間を追った発散の勢いが弱まることを示している。しかし、同時に第一項はkが1に近づくにつれ無限大に発散するので、同じ期(t)におけるインフレ率は、むしろ大きくなることが示される。


*1:岩本氏はk≧0の条件のみ指定されたが、k>1の場合はgMがπを上回り、実質貨幣残高が増えていくことになるので、除外した。また、k=1の場合はπが式から消えてしまうので、やはり除外した。