ハイパーインフレーションモデルについての補足

昨日のエントリを書きながらローマーの教科書を参照していたが、今日は彼によるこの辺りの説明を少し自分なりに整理してみようと思う。


ローマーの説明では、以下のケーガンの貨幣需要関数を前提にしている。
  ln(M/P) = a - bi + ln(Y)
ここでMは名目貨幣残高、Pは物価水準(よってM/Pは実質貨幣残高)、iは名目金利、Yは実質所得であり、aとbは係数である。
現在のように名目金利が0に近い状況を仮定すると、上式でi=0と置いて
  M = exp(a)・P・Y
となる。これは貨幣数量式にほかならない(exp(a)がマーシャルのkに相当)。
一方、名目金利がゼロでない場合には、上式は
  m = exp(a-br)・Y・exp(-bπ)
となる。ここでrは実質金利、πはインフレ率である(i = r+π)。また、実質貨幣残高をmとした*1
C≡exp(a-br)・Y と定義すると
  m = C・exp(-bπ)
が得られる。


一般に、シニョリッジはπmと定義される。これをdと置く。すると
  ∂d/∂π = (1-bπ)m
なので、π=1/bの時にdは最大化される。ケーガンによるとbは1/3〜1/2なので、インフレ率が200〜300%の時にシニョリッジが最大化されることになる(なお、ここでのπは連続時間における変化率を仮定しているので、年率ではexp(2)-1〜exp(3)-1、すなわち640〜1900%になる)。
この時のmは C・exp(-1) であり、d=d*は (C/b)・exp(-1) である。ケーガン等の見積もりによると、このシニョリッジの最大値はGDPのおよそ10%なので、その数字を前提にすると、CはおよそGDPの9%ということになる(10%×exp(1)×(1/3))。


そうして求めたCを前提に、インフレ率πとシニョリッジd(およびm)の関係を描いたのが以下のグラフである。

ここで縦軸は対GDPのパーセンテージとして表している。昨日のエントリの最後で引用したローマーの数字も、この関係から導き出されている。
ただ、前述の通り、この場合のπは瞬時的な数値であることには注意を要する。そこで、横軸を年率の数値に直したのが以下のグラフである。


上図を見て分かる通り、達成しようとするシニョリッジが大きくなるにつれ、必要なインフレ率も大きくなる。しかも、インフレ率が大きくなるにつれ実質貨幣残高は小さくなるので(∵インフレ率↑⇒名目金利↑⇒実質貨幣残高↓)、その分インフレ率は一層大きくなることが求められる(シニョリッジはインフレ率と実質貨幣残高の積であることを想起されたい)。たとえばGDPの5%のシニョリッジを達成するには、年率100%のインフレ率が必要になることになる。


逆に、この関係からは、2〜3%のインフレ率を得るには、GDPの0.2%程度、日本で言えば1兆円程度のシニョリッジで済むことになる。日銀の長期国債保有残高が50兆円を超えている現在、単純計算でいけば、その2%を日銀が償却してしまえば、経済に取って望ましいインフレ目標が達成できることになる。


もちろん、そうした部分的なシニョリッジがうまく行くはずもなく、そうしたことに一度手を染めれば50兆円の日銀保有国債全体がシニョリッジの対象と見做され、あっという間にインフレ率が2桁、3桁に達してしまう、という議論もあるだろう。だが、上述の償却というのは極論にしても、日銀が国債保有残高を増やすなどもっと積極的に金融政策を行なえば、同等の効果を達成できるのでは、という議論ももう一方にあろう。少なくともここでローマーが提示しているのはインフレに関して連続的な関数であり、それによってデフレから高インフレへのジャンプを説明することが説得的であるとは言い難いように思われる。

*1:ここではインフレ率が名目貨幣成長率に等しく、実質貨幣残高が一定となる静的な状態を仮定している。また、実質経済成長率も簡単のためゼロとし、インフレ率が実質金利と実質経済成長率に与える影響も無いものとしている。