昨日、生産性とデフレについて書いたが、偶然にも同日に池田信夫氏が同じテーマについて書いていた。そこでは法專充男氏の著書が紹介されていると同時に、同氏の以前の論文も紹介されていた。
その論文については1/4のエントリの注で既に触れたが、バラッサ=サミュエルソン効果とデフレとの因果関係を論じている。ただ、そこの注で指摘した通り、昨日問題にした“トロイの木馬”については明確な説明はなされておらず、金融・資本取引がそうした役割*1を果たしたのだろう、と述べるに留まっている。
また、この論文では、生産性として全要素生産性が使用されている。バラッサ=サミュエルソン仮説で導出された全要素生産性に関する式を用いている以上、それは当然なのだが、小生が昨日のエントリで使用した労働生産性の結果とかなり違うことに気が付いた。
具体的には、論文で使用されている全要素生産性の貿易財と非貿易財の差が(数値が直接記載されていないのでグラフから目の子で読み取ると)以下のようになっている。
期間 | 日本差 | 米国差 |
---|---|---|
1970-1997 | 2.1% | 1.8% |
1970-1985 | 2.7% | 1.4% |
1985-1997 | 1.2% | 2.6% |
一方、小生の使用した労働生産性では、製造業とサービス業の年平均成長率、およびその差は、以下のようになっている*2。
日本 | 米国 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
期間 | 製造業 | サービス業 | 差 | 製造業 | サービス業 | 差 | |
1970-1997 | 3.86% | 3.72% | 0.15% | 2.87% | 1.09% | 1.78% | |
1970-1985 | 4.41% | 3.66% | 0.75% | 2.72% | 0.90% | 1.82% | |
1985-1997 | 3.19% | 3.79% | -0.60% | 3.07% | 1.33% | 1.73% | |
1997-2007 | 3.54% | 1.56% | 1.98% | 4.95% | 2.42% | 2.52% |
日本については、労働生産性の差に2%をプラスした値が概ね全要素生産性の差になっている。一方、米国についてはそのような規則性は見られず、1970-1985の期間では全要素生産性のほうが0.4%低く、1985-1997の期間では全要素生産性のほうが1%近く高い。米国の1970-1997の通年では両者は近い値になっている。
この差の要因としては、一つには業種分類の違いが考えられる。小生はOECDの大括りの分類のデータをそのまま使用したが、論文では各産業ごとに輸出比率を見て、1割を超えているものは貿易財に分類したという。
もう一つ考えられるのは、労働生産性と全要素生産性のそもそもの定義の違いである。たとえばコブ=ダグラス型生産関数
を前提にすると、両者の差は以下のように表される。
ここで左辺が労働生産性の変化率、右辺第一項が全要素生産性の変化率である。即ち、一人当たり資本の変化に資本分配率(=1−労働分配率)を掛けたものが、両者の差になる。
では、製造業とサービス業の一人当たり資本の深化の度合いに差はあったのだろうか? 日本についてそれをグラフ化したものが下図である*3。
これを見ると、意外にも、サービス業の資本深化の度合いが製造業のそれを上回って推移していることが分かる。従って、両者の労働生産性が同程度であったとしても、全要素生産性はその分だけサービス業の方が劣ることになる。あるいは、製造業と同レベルの労働生産性を達成しようとして、サービス業では製造業を上回る設備投資を行なっていた、という言い方もできるかもしれない。
このように設備投資を積極化して労働生産性の上昇を目指せば、投資負担を価格に転嫁する傾向も生じよう。それによって結果的に全要素生産性と労働生産性の差が広がると同時に価格が上昇する現象は、バラッサ=サミュエルソン効果とはきちんと区別して考える必要があるようにも思われる*4。
なお、各期間の一人当たり資本の平均変化率は以下の通り*5。
期間 | 製造業 | サービス業 | 差 |
---|---|---|---|
1970-1997 | 6.03% | 9.04% | 3.00% |
1970-1985 | 6.63% | 10.30% | 3.67% |
1985-1997 | 5.29% | 7.48% | 2.19% |
1997-2007 | 3.49% | 4.05% | 0.56% |
これを見ると、資本変化率は製造業、サービス業ともに時を追って低下してきており、それと共に両者の差も縮小している。単純に解釈すると、それによって、労働生産性と全要素生産性の動きが近づいていくことになる。
しかし、前の表の1997-2007年の労働生産性を見ると、製造業は(米国には負け気味なものの)以前の水準を維持しているのに対し、サービス業は(米国とは対照的に)以前よりかなり低下している。バラッサ=サミュエルソン効果から言えば、それによってインフレ気味になるはずだが、この期間はむしろデフレが進行した時期だった。そう考えると、バラッサ=サミュエルソン効果でインフレ・デフレを考えるのは、やはり限界があるように思われる。
*2:参考のため、論文の分析期間以降の1997-2007年の値も追加した。
*3:資本ストックを就業者数で割ったものを、製造業とサービス業のそれぞれについて1973年=1として基準化した。ここで、就業者数は、このサイトのこれ(1999 2002年以前)とこれ(2000 2003年以降)を用いた(12月時点を採用。また、1971年以前は沖縄を除いたものを採用)。資本ストックはこのサイトのこれ(1999年以前)とこのサイトのこれ(2000年以降)を用いた(第4四半期、取付ベースを採用)。ただし、就業者数は産業分類の変更があったので、この対照表を参考に組み換えを行なった上で(2000年以降の「医療,福祉」、「教育,学習支援業」、「複合サービス事業」、「サービス業」を、1999年以前の「サービス業」に対応させた)、1999年時点の値が一致するように接続した。さらに、算出した一人当たり資本自体も、1999年の値が一致するように調整して接続した。なお、産業分類は労働生産性データを取得したOECDのものとは異なっていることに注意。
[2010/2/2追記]米国については同様のデータが得られなかったので分析を断念した。ちなみに該当項目の存在するOECDのSTANデータベースでは日本も米国も収録対象外(cf. この資料のp.7)。
[2010/2/3追記]就業者数のデータの区分の年が誤っていたので修正。なお、上の資本ストックの「(2000年以降)」のcsvファイルへのリンクは、2月3日の平成21年7-9月期速報値発表に伴い無効化された模様。
*4:(ぐぐって見つけた)バラッサ=サミュエルソン効果を解説したこの資料で言えば、p.14の(4)(5)式でg(kN)が未だ動学的効率的非効率(2010/2/2修正)の状態にあって均衡に向けて調整している過程のイメージ。
*5:[2010/2/3追記]ここの1997-2007の伸び率の算出に当たっては、資本ストックについては平成12年基準のデータ(収録開始期=1994年)のみ用いた。就業者数は上のグラフで用いたものと同じ。